06:涙
気がつくと、そこは船内の病室だった。
やれやれ、ここに来てからというもの気を失ってばかりだ。そのうち特技が気絶になってしまうんじゃないか、なんて冗談を考えながら身を起こす。
部屋は薄暗いが、物が見えないというほどでもない。
隣を見るとジークが椅子に座りながら、うつらうつらと船をこいでいた。
「今は何時だろう?」
昨日わかったことだが、病室には時計がない。仕方ないので窓の外に目を向けるとオレンジがかった空模様が見えた。これは朝焼けなのか夕焼けなのか。
どちらなのかわからなかったが、ジークの様子を見るに前者に思えた。
「団長」
「んおっ!?」
僕が小声で呼びかけると、びくりと肩をふるわせてジークが飛び起きた。
「団長、よだれ垂れてる」
美形が台無しだ。
「じゅるっ……おう、レイン。目が覚めたか」
「今は何時かわかる?」
「時間は……ああ、ここには時計がないのか。ざっくりと早朝だな。調子はどうだ」
ジークの問いかけで頭を怪我していたことを思い出し、頭に触れる。
どこを切ったのかわからないが、特に痛みはない。
「頭部出血に肋骨四本、打撲多数。それをシャーテが治癒魔法で治したんだよ。シャーテがいなかったら死んでたぞ」
「そ、そんなに?」
予想だにしていなかったことを言われて声が裏返る。
まったく気が付かなかった。脳内麻薬で痛覚が鈍っていたのだろうか。
「念のためイーヴェレにも診てもらったが、気になるところがあるなら言ってくれ」
「多分、大丈夫」
「そうか、ならよかった。満身創痍になりながら、ルーシーを背負って帰ってきたってシャーテが感心してたぞ」
ルーシーの名前が出てはっとする。
「ルーシーは!? ルーシーはどうなったんだ!? ルーシーの足が――」
「落ち着け」
「落ち着けないよ」
ジークは黙って口に人差し指を当ててから、僕の後ろを指さした。
そこにはベッドで眠るルーシーの姿があった。
「あっ、ごめん……」
「事情は知っている。フランコフから襲撃を受けたそうだな」
「どうしてそれを?」
ルーシーに聞いたのだろうか?
「お前さんの魔法が俺様たちの方からも見えててな。そこで転がっていた奴から聞いた」
「あー……」
そういえばルーシーが魔法で寝かせた男が居たっけか。存在を完全に忘れてた。
「その男は?」
「死んで土の下だが? あいつに訊きたいことでもあったのか?」
あっさりととんでもないことを言う。
この団のことだ。きっとその男は見苦しい死に方をしたに違いない。
「いや、大丈夫」
「すまない。お前さんにはまた助けられちまったな」
「そんな、僕は……」
もっとなんとかできたんじゃないか。
そう思うと、言葉がぎこちなくなってしまう。
「お前さんはよくやったさ」
「プランもすまないな。休んでくれてもいいんだぞ」
振り返ると、プランがルーシーのそばに立っていた。
「プラン?」
プランと目が合うと、プランはにこりと笑って病室を出て行った。
「どうしてここにプランが」
「突然ふらりとやってきて、そこからお前さんとルーシーを心配そうに夜通しでずっと見守ってたんだよ。介抱の手伝いもしてたみたいだし、後で礼を言っとけ」
「うん。そうするよ」
まさかプランが介抱してくれていたとは。後で何かお礼でもしないとだな。
「それでルーシーの足のことなんだが、イーヴェレもシャーテもわからないそうだ」
「そんな……」
なんてことだ。
さっと血の気が引くのを感じ、思わず頭を抱えこんでしまう。
「僕が、僕がふがいないばかりに……」
ルーシーはもう普通に歩くことすらかなわないのか。
自責の念で涙が出そうになる。
「そう早まるな。お前さんが考えているほど、そう深刻じゃあない」
「深刻じゃないって? どうして言い切れるのさ」
「ああ。これは……そうだな。レインにも見てもらった方がいいかもしれないな」
ジークは僕の肩をポンポンと叩くと、ルーシーが寝ているベッドに近づいた。
一体、僕に何を見せようというのか。
ルーシーを起こさぬよう気を遣ってか、ジークがそっと毛布をめくる。すると、毛布の中から二本のきれいな足が露わになった。
「治ってる……。くっつけたの?」
「いや、お前さんが拾った足はイーヴェレが管理してる」
「ん?」
ジークの答えを燃料に、僕の頭上でハテナマークが踊り出した。
「じゃあ、その足は?」
僕が疑問を口にすると、ジークは毛布を元に戻し、肩をすくめた。
「生えてきたそうだ」
「へ?」
植物じゃあるまいし、そんなことがあり得るのか?
「お前さんの反応もよくわかる。俺様も信じられないんだが、シャーテがそう言ってるんだよ。それにイーヴェレが持っている足の説明がつかない」
「一体、何が……」
「本人から聞いてみないとわからないが、ルーシーは普通の人族じゃないかもな」
そんなまさか。ルーシーは普通の人族のはず。
けれど、この治癒が魔法じゃないとなると、普通でないと考えざるを得ない。
ジークと二人して思考の渦に身を投じていると、背後からすすり泣く声が聞こえてきた。
「ルーシー!」
ベットから飛び起き、ルーシーの元へと駆け寄る。
「うぅうう……ぐすっ……」
肩を震わせて泣く彼女の姿が、病室の空気を重くした。
「ど、どこか痛いところがあるの?」
訊ねるも、ルーシーは泣くだけで答えない。
「レイン、シャーテを連れてきてくれ」
一体、どうしたのかとオタオタしていると、
「おい、レイン!」
ジークから強く呼びかけられて我に返った。
「シャーテを連れてきてくれ。俺様はイーヴェレを呼んでくる」
「わかった」
こういうときのジークはなんと頼もしいことか。しかしながら、自分の不甲斐なさも浮き彫りになってしまい、惨めな気持ちも感じながらもシャーテの部屋へと急いだ。
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