ルーシー編

01:あらぬ誤解

 この世界にやってきて三日目の朝。

 昨日とは違い、今日はよく寝ることができた。プランからじっと見られていたのは変わらなかったが、それ以上に眠気が勝ったのだ。


 昨日はいろいろとあったから、さすがに疲れていたのだろうと思いながら身を起こす。そのまま梯子に足をかけ、パッと下を見ると、びしょ濡れになったプランの姿が目に入った。


「んん……?」


 再び振り返って二度見すると、プランがじょうろを使って水をかぶっていた。

 びしょ濡れの衣服は肌にぴっちりと吸い付き、ボディラインをくっきり浮かび上がらせている。しかも、明るい色の服だからか、少し透けていて……。


「わっ」


 プランのあられもない姿に気をとられてしまい、梯子を踏み外してしまう。そのまま僕はみっともなく滑り落ち、床へ尻餅をついた。


「つつつつ……」


 立ち上がろうとした矢先に、プランのツタが僕の手首に絡みつき、ぐいと引っ張り上げられた。僕が立ち上がると、巻き付いていたツタがそっと僕の手首から離れていく。


「ありがとう。……じゃなくて、何してるのさ」

「…………」


 相変わらずの無言。いや、わかってたけどさ。

 改めてプランを見ると、やっぱり服が透けていた。


「…………」

「…………」


 ありがとうジーク。

 心のカメラに収めて、咳払い一つ。

 相手が魔物であっても、僕は紳士的に振る舞うのだ。


「部屋の中でこんなことしたら駄目だよ。風邪だってひいちゃうし」


 アルラウネが風邪を引くのかはわからないが、プランからじょうろを取り上げる。抵抗されるかと思ったが、意外にもプランは素直だった。


「あーあー、床もこんなにびしょびしょにしちゃって」


 かなりの量の水をじょうろに入れて持ってきたようだ。部屋の真ん中で水をかぶっていたせいで、プランだけでなく床もびしょ濡れになっていた。

 僕は近くにあった雑巾を手に取って、水を拭き取っていく。


「いつもこんなことやってるのかな」


 板張りの床をこんな水浸しにしていたら、そのうち腐ってしまうだろう。こういうことをするのならば風呂場が一番だが、プランにわかってもらえるかどうか。

 水を拭き取っていると、コンコンと控えめなノックの音が聞こえてきた。


「どちらさまですか?」

「ルーシー」

「ちょっと待ってて」


 さすがに水浸しになっている部屋へ通すわけにもいかないだろう。

 待ってほしいと伝えたつもりだったが、なぜかガチャリとドアノブが鳴り響く。


 どういうことかと振り返ると、プランのツタがドアまで伸びているのが見えた。

 そして現れるルーシー。


「入ってよかっ……」

「ああ、少し待ってて。急いで終わらせるから」

「うん、お邪魔した」


 そのまま待っていればいいのに、後じさるようにルーシーが部屋から出て行った。

 アレ? と思い、ルーシーが部屋から出て行った理由を考える。


 プランはびしょ濡れになってあられもない姿になっている。一方で他人から見た僕は、そのプランの足下でごそごそ何かをやっている格好だ。

 一拍遅れて、ルーシーの言動を理解した。


「ちょっとまって、ルーシー」


 ルーシーの背中を慌てて追いかけ、廊下で捕まえた。


「安心してレイン。ルーシー理解ある。みんなには黙ってる」


 なんか気を遣ってくれているようだが、誤解だ。


「すごい誤解。すごい誤解だから」

「プランちゃんから滴る水を舐めとってたわけじゃなく?」


 上級者すぎる。

 ルーシーは僕のことをどんな目で見てるんだ。


「それ、誤解。ほんと誤解だから。朝起きたら、部屋の中でプランが水を被ってて、床がぬれちゃったから雑巾で拭いてたんだ」


 じっくり観察したことについては黙っておく。


「……ん。ルーシー、早合点した」

「わかってくれたのならいいよ。それでルーシーに頼みたいことがあるんだけど」

「どんな事?」 


「プランを着替えさせてくれないかな。ビショ濡れで置いて来ちゃってるし」

「多分、そのままで平気」

「どういうこと?」


 見ればわかるとでも言うように、ルーシーが僕の部屋に向かっていく。理由もわからず付いていくとその途中で、ちょうど部屋から出てきたプランと鉢合わせした。


「あ、あれっ、乾いてる」


 バケツから水をかぶったみたいだったのに、体だけでなく服まで乾ききっていた。


「プランちゃんおはよ」


 ルーシーが挨拶すると、僕らの近くでひょろりとツタが蠢いた。

 昨日気づいたことだが、プランは結構な頻度で僕らの言葉に反応を示す。


 一昨日に初めて顔を合わせたときは完全に無反応だったが、初めて見る僕に警戒でもしていたのだろう。

 そのままプランは、僕らの横を通り過ぎ、どこかへ行ってしまった。


「プランちゃん、ときどき水浴びしてるけど、その水は全部吸い取ってる」


 ルーシーの言うことを信じていない訳じゃないが、部屋の扉を開けて中を覗き見てみる。


「ホントだ。結構拭き残していたのに綺麗さっぱりなくなってる……」


 思い返してみると、プランが水を飲んでいる姿を一度たりとも見ていない。

 プランは口からじゃなく、植物のように水を摂取しているのだろうか。


「わかったら食堂行こ。食べ終わったら昨日の続き」

「ああ、うん」


 僕はルーシーと一緒に食堂へと向かった。

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