17:賭け
「ッ……!」
僕は思わず息をのむ。
あれが夢だったのか否か。裏を返すと、フォーカードの話通りに歴史が動くのか否か。
その疑問に対する答えが、セレネと接触するより先に明らかになってしまった。
「待て。この世の神は数千年以上留守だろう? 何かの間違いだろ」
「ううん、あたしも初めて見るけど間違いないわ。このレベルの加護は神じゃないと説明がつかない。聖教会法王や大妖精、天使でもムリ。たとえ魔王であってムリね」
「どんな加護なんだ」
「それが見えないのよ」
「見えないのに神の加護ってわかるものなのか?」
「もの凄い加護ってことだけはわかるのよ。それも、加護にしては強固すぎる。特権ごと譲り受けているといってもいいかも」
ジークが驚きの視線を僕に向け、釣られるようにシャーテも僕を見た。
「無理して答えなくていいけど、どうなの?」
昼間にノクターンと会ったが、その時に加護なんて話は一切出ていない。だが、シャーテの言う加護はノクターンのもので間違いないだろう。
どうする。正直に話すか?
話すと言っても、どこまで話せばいいのやら。
特権と言われても、ノクターンに会った前と後で何かが変化したようにも思えない。考えられることといえば、僕がレインとして転生していることだろうか。
「それは――」
伝家の宝刀『覚えていない』を使おうとした矢先に、考えを改める。
ひょっとすると、この状況は都合がいいのではなかろうか。
僕が未来のことをただ語っても、彼らは信じてくれないだろう。だが、今はシャーテの言葉が証拠として働いている。何でそんなことがわかるんだと聞かれたら、ノクターンのお告げだと押しつけてしまえば良いのだ。天才か?
「昼間に倒れたとき、精神世界とやらでノクターンっていう神に会った。おそらくそこで」
偽りなく答えると、ジークが胡乱な目つきになった。
「お前さんがたで口裏を合わせて、俺様を騙そうとしてるんじゃないだろうな」
「あたしはジークに嘘なんてつかないわよ。ジークに誓ってね」
そこは神じゃないのかよ。
「それもそうだな」
それで納得するのか。わからなくもないが。
「話をまとめると、マナ切れで気絶したレイン君は、精神世界に行った。そこでノクターンっていう神に会って、加護をもらったってことね」
加護とやらを受け取ったタイミングはわからないが、話を合わせた方が都合がいいのでうなずいておく。
「それがどうしてレインなんだ? 俺様でもいいだろ」
「ジークが神の加護を受け取ったら死んじゃうわよ」
「……確かにと思ったが、どうだろうな? 死ぬのかわからん」
「死ぬってどういうこと?」
死ぬだなんて物騒なことを二人がさらっと話していて戸惑う。
「呪いや祝福、加護は一人一つまでしか持てないのよ。今のジークがハイエルフなのもそれ」
「あぁ」
言われて理解する。
シャーテの言うとおり、この世界における状態変化は二つ以上持つことができず、解くためには解呪をするかそれ以上のもので上書きするしかない。
そのことについては劇中にも出てくる。というか、目下一番の課題でもある。
劇中のレイン達は破壊の神として覚醒しつつあるセレネを普通の人に戻すために奔走するが、この制約によって解く方法が見つけられなかった。
「それって団長に解呪魔法を使ったら、危険かもしれないってことだよね?」
こんなわかりやすい弱点がジークにあるとは思いつかなかった。
「身体の組織は神樹に変えられ、魂はハイエルフ数十人の祈りによってこの身体に合うように変異しちまってるからな。解いたらどうなるか俺様にもわからん」
「可能性の話になるけど、身体から魂が分離するかもしれないわね」
シャーテの言葉にジークはふむと唸って、
「そうなるかもしれないが、これを瞬時に解ける奴なんてこの世界にいないさ。殺すことを目的とするならば、他の方法を使った方が手っ取り早いだろうな」
なるほど。
「ま、神の加護ってなると話は変わるな。信仰してないことに感謝しないとだ」
僕も信仰心なんてものは微塵もない。
僕が選ばれたことを掘り下げると、どうしても僕の素姓が関わってきてしまう。
「その加護なんだけど、その時の会話には出てこなかったんだ」
話が膨らんでも困るので、会話したことを強調して話をそらす。
「何を話したんだ」
「してほしいことがあると」
「そいつは聞いてもいいことか?」
僕はうなずき、ゆっくりと語り始める。これから先に起こることを。
ジークを含めた大半が死に、ひいては星幽旅団が崩壊してしまうことについては伏せることにした。
話したのは、これからティルア王国の
この先の事件を話して、依頼を断られても困る。
僕が話し終えた直後、ジークの第一声は「面白い」だった。
「賭けをしようじゃないか。レインの言うその依頼ってのが来るのかどうかな」
「やっぱ信じられないよね」
「信じていないわけじゃない」
それに、と言いながらジークがテーブルの上に身を乗り出してくる。
「待っているだけで結果がわかるようなことで、お前さんが嘘をつくようなメリットがあるとも思えないしな。レインが勝ったらそうだな、何でも一つ言うことを聞いてやろう」
「僕が負けたら?」
色々なことが結びつき、結果は強固なものになっているが、念のため聞いておく。
「特に考えてないな。お前さんにやって貰いたいこともないし、何もなくていい」
ジークはミートパイを食べながら余裕の表情で言った。
「それだと一方的で賭けにならないんじゃ……」
「いいんだよそれで。黙って待っている方がナンセンスだ」
「レイン君レイン君」
会話が途切れた瞬間、今度は斜向かいに座っていたシャーテがテーブルの上に身を乗り出した。
「質問ですか?」
「違うわ。取り引きよ」
心なしか、シャーテの目が輝いているように見えた。
「取り引き?」
魔族との取り引きって大丈夫なのだろうか。
「その賭けに勝ったら、ジークが言うことを聞く権利をあたしに頂戴。代わりにあたしがレイン君の望みを三回叶えてあげるわ。三倍よ。やったね!」
真面目な話かと思いきや、ろくでもない話だった。
「賭けに勝ったとして、権利の譲渡は駄目だからな。特にシャーテへの譲渡は駄目だ」
「特にってどういうこと!?」
シャーテが机を叩いて立ち上がる。
「お前さんだと変なことにしか使わないだろ」
「レイン君は信用できるわけ?」
「少なくとも、お前さんよりは無茶なことは言わないってことはわかる」
「むー」
シャーテがふくれっ面で抗議を示した。が、ジークはそれを無視して、
「賭けのことはさておき、レインの言うとおりになるかはすぐにわかるかもな」
「どういうこと?」
訊ねると、逆に何でわからないんだという顔をジークはした。
「レイン。ここがどこだか覚えているか」
「どこって、スターダスト号の食堂だけど」
「違う違う。停船している現在地だ」
言われてみると、今ここがどこなのかを全く考えていなかった。
頭の中に地図を思い浮かべて考える。
「現在地は――」
過去にフォーカードの世界地図を描いたことはあったが、地名までは細かく描いていない。ここが何処だかという問いに、詳しい場所まではわからないが、国名ならわかる。
カンテラ領の森に住むエルフ達をフランコフ一味が襲い、それを僕が阻止したということを考えると、ここはカンテラ領からさほど離れていないはず。
そのカンテラ領はスリーザ共和国にある。
「スリーザ……あっ」
思わず声を上げると、ジークはクツクツと笑い出した。
「スリーザとはざっくりしてるが、どうやら気づいたみたいだな」
ここまでお膳立てされれば、さすがにわかる。なぜならスリーザは――
「ここからティルアまでおおよそ二百マイル。ノーム海峡を渡った先にある」
そう。要するに、ここスリーザはティルア王国の近隣国なのだ。
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