16:加護

「ま、俺様に勝とうなんざ百年早いわな」


 食事が並べられた机の向こうでジークが誇らしげに言う。

 腕相撲の結果はというと、案の定の完敗だった。体格や体重の差も関係なく、圧倒的な力によって、僕の腕は開始と同時に樽の蓋に叩き付けられた。


「おかげさまで手がまだ痛いんだけど……」

「ハッハッハ、そいつは不運だったな」


 僕の不幸はそれより前の腕相撲に混ぜられたところからだ。


「それにしても、急に静かになったなぁ」


 先ほどまで飲んだくれの酔っ払いだらけだったのに、ほとんどがいなくなっていた。恨み節の投函先であるロワーズの姿もない。


「静かに食いたかったからちょうどいいさ」


 ジークが豪快にミートパイに齧り付き、ネズミみたいに頬を膨らませる。


 あれから腕相撲大会はジークが相手となれば勝てる見込みもないと、流れ解散となったのだ。こうなることを見越して参加を表明したのだろうか。だとすれば相当な策士だが、生真面目とは真逆を行くジークのことなので腹心がよくわからない。


 すっかり冷めてしまった料理を食べていると、ジークがそういえばと言って、何かを思い出したような顔で僕を見た。


「シャーテの用事ってのは何だったんだ」


 ジークが行儀悪くフォークで僕を指してくる。


「うーん、それが僕にもわからなくて」

「わからないって、どういうことだ?」


 本当によくわからないのだ。話したいことがあると言われて行ってみたものの、特に会話らしい会話はなく、すぐに帰されたのだ。

 そのことを話すと、ジークは少し考えて、


「あいつって正確にマナを見通せる眼を持っているから、レインの身に気になることでもあるのかもな。ほら、昼間にお前さんのことを訊いたとき、なんだか様子がおかしかったろ」

「ああー」


 そう言われて思い出す。あのときのシャーテは少し様子がおかしかった。

 それに先ほど会いに行ったときも、じろじろ見られるだけで何をしているのかまるでわからなかったが、なるほどそういうことだったのか。


 ……って、待てよ? もしかして、僕がレインじゃないって事がバレてる?

 いや、それはないか。ノクターンは僕のことをレインそのものだと言っていた。


「シャー姉は何が見えたんだろう」

「ちょうどあそこにいるから、訊いてみたらどうだ。おーい、シャーテ!」

「ジ――クゥ――!」


 驚いた。ジークの呼びかけから返事まで一秒の間もなかったぞ。


「ジークから呼んでくれるなんて。何、何、夜のお誘い? いえーい、やったー」


 呼びかけられるのをずっと待っていた犬のように、シャーテがジークにくっつく。

 大人しくしていれば美人に見えるというのに、なんだかもったいない。


「違う!」


 ジークはシャーテの手を振りほどくと、呆れ顔で僕を指さした。


「レインになにがあるんだ?」


 ジークが問うと、シャーテは嬉々とした様子から一転して、神妙な顔になった。


「……ここで言っていいのかな」


 シャーテは凛とした眼差しを僕に向けて、重々しい口調で答えた。


「それはレインにとって都合の悪いことか?」

「場合によっては、だけど」


 昼間もそうだったが、テンションの高低差が激しいなこの人。


「気にしなくていいぞ」


 さらりと。僕じゃなく、ジークが即答する。


「いや、ちょっとまって。それを団長が言うのはおかしいでしょ」


 二人の話に慌てて口を挟む。

 シャーテが何をどこまで気づいているのかはわからないが、僕の秘密を今明かされてしまうと、いろいろと都合が悪い。タイミングってものがある。


「おかしくないだろ、団長なんだから。で、何なんだ」

「レイン君に強力な加護が付いてるの」


 あーあ、言っちゃったよ。それにしても加護ってなんだろうか。

 予想外の回答に、ジークと一緒に首をかしげる。


「加護っていうと、精霊とかのか?」

「違うわ。もっと上位」


 シャーテはジークの隣の席に座ると、静かに言った。


「神よ」

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