15:腕相撲
日も落ちて夕食時。
昨日はデッキで食べたが、思い切って食堂で食べることにした。
コミュニティの形成において、食事というのは重要な位置に存在する。
食事をとらない人間は一人としていない。それ故に他人と同じことをすることになり、自然とその場に同調が生まれ、結果として絆を深めることができる。
そんな食事だが、漫画においても食事シーンを描くことは重要なファクターだ。
おいしそうな食事。楽しげな会話。
それらは読者の感受性を引き出しやすく、食事を描くのはテクニックの一つでもある。
今はどうだろうか。
献立は野菜のスープにミートパイ。元の食材を深く考えなければ、おいしそうな食事はクリアだ。そして食堂に響く笑い声。やかましい気もするが、楽しげな会話も完璧だ。
だが――――
「…………」
肝心な人の姿が僕の周りにだけなかった。
ぼっち飯ってやつだ。
周りは酒飲みばかりで、僕が食堂に入ったときにはすでにどんちゃん騒ぎ。最初からこの場に居れば違ったのだろうが、既に手遅れ。蚊帳の外スタートだった。
しかし、こうして漫画にいた登場人物が生き生きしているところを見ると、感慨深いものがある。紙とペンがあれば思わずスケッチしていただろう。
「おう、新入り。一人で食べてるなんて寂しいじゃねーか」
喧噪の中、黙々と食べていたら急に絡まれた。しかもめっちゃ酒臭い。
ルーシーが愚痴をこぼすのも今なら頷ける。
「オレはロワーズ。新入りは魔法部隊に入ることになったんだってな」
もちろんのこと彼のことは知っている。
ただ、漫画では彼のことはあまり描いておらず、来歴についてもわからない。
「オレは魔法部隊じゃないが、任務で一緒になった時はよろしくな」
「あ、はい。よろしくお願いします」
手を差し出されて、握り返す。
すると、がっちり捕まれて、そのまま席から引きずり出されてれてしまった。
「え、えっ……?」
なんだなんだ、と思っているうちにそのままずるずる連れ回されて、先ほどから人だかりになっていた輪の中に押し込まれた。
ロワーズの顔を見ると、彼は笑顔で左隣を指さす。
指さした先では二人の男が樽の上で腕を組み、こめかみに血管を浮かび上がらせていた。
「腕相撲だよ。やったことぐらいあるだろ?」
「ありますけど――」
「であああああああああ!」
こんな激しい腕相撲はしたことがない、と言おうとしたところで対決中の男の声に阻まれる。
ドスンと鈍い音がして、叫んだ方とは別の男が転げるように床に倒れた。
勝敗の決着にあたりがざわつき始め、これで四連勝だの、テオマンには敵わないだの、ため息付くような声が聞こえてくる。
「殺し合いの間違いでは?」
「何言ってんだよ、純粋な力比べさ」
ロワーズから肩を組まれ、無理矢理樽の方へと連れて行かれる。
すると、周りを取り囲んでいた野次馬がわっと声を上げた。
「龍殺しのルーキーが来たぞ!」「次の相手はレインか」「やってやれ新入り!」
「ちょ、ちょっと」
腕相撲をする気などこれっぽっちもないのだが、なぜか僕が参加する流れになってしまっている。助けを求めて横を向くも、ロワーズの姿がない。
「テオマン対レインのオッズは今のところ三対一だよー」
さっきまで隣にいたのに、ロワーズはいつの間にかノミ屋まがいのことを始めていた。
「ちょっ、何やってるんですか」
「何って、賭けの集金さ。何やら面白くなってきたなぁ」
他人事みたいに言う。あんたが仕組んだんじゃないか。
そうこうしているうちに、
「三百ダナス賭けたんだ。勝ってくれよルーキー」
と、外野の声。賭け額はどんどん膨らみ、外堀が埋まっていく。
「や、やるしかないのか」
テオマンといえば、団の古株で幹部の一人だ。彼から剣術を習う団員も多く、そんな彼を相手に腕相撲だなんて、勝てるかどうか。
「ルーキー相手でも手は抜かないからな」
「よろしくおねがいします……」
すでにスタンバイしているテオマンの手を握る。
ゴツゴツした手だ。何万回と剣を握った男の手がこれか。触っただけでも相当な訓練を積んでいたことがわかる。
「ふむ。いい手をしている。何度も剣を握ってきた男の手だな」
テオマンは僕が思ったことと同じような感想を述べて、ニカリと笑った。
そして、ロワーズが僕らの手を包み込み、僕らの顔を交互に見つめ――
「ゴー」
かけ声とともに両手を離した。
「でああああッ!」
テオマンが万力のような握力とともに、僕の右腕を樽の蓋へ打ち付けようとする。
「ぐっ……」
ものすごい力だ。メリメリと腕が軋むのを感じる。
テオマンの腕からは力だけでなく闘志も伝わってきて、勝てるビジョンが全く浮かばない。だが、あくまでもそれは気持ち上の問題。
「ルーキーが耐えてるぞ!」
そう。耐えられているのだ。
僕への声援も増えてきて、それが僕の背中を押して、自信へと変わっていく。
「ぐんん……」
テオマンがくぐもった呻きをあげる。瞬間、腕が僕の優勢に傾いた。
いける!
「だあああぁああ!」
樽の縁を持ち、己の体重を乗せて、一気に畳みかけていく。テオマンの腕は次第に樽へと近づき、勝敗を決する瞬間、自分の中でアドレナリンが駆け巡っているのを感じた。
「勝者、レイン!」
か、勝ってしまった。
「うおおおおおおお」
辺りから歓声が響く。
嘆きの声も混じっているのはポットが膨れ上がっていたが故か。
こいつら、さっきまで龍の解体という名の肉体労働をしたばかりだってのに、元気過ぎやしないだろうか。
かくいう僕も病み上がりなのだが、勝てるとは思わなかった。
「いやー、さすがだ。良い勝負だった」
テオマンが右手を差し出す。
腕相撲ではなく、今度は握手として。
「あ、ハイ」
ギリギリだった。
テオマンが連闘していなかったら、負けていたのは僕の方だろう。
「おいおい、俺に勝ったんだからもっと喜んでくれよ」
どう反応して良いかわからず、口籠もっているとテオマンは大笑いした。
「アッハッハ、若いのに貫禄があるな。俺は好きだぞ」
どちらかというと、状況がまだ飲み込めていないだけだ。
喧噪の中、どうしていいかわからずにいると、突然サッと人垣が割れた。
「面白いことやってるじゃねーか」
左右に並んだ団員の間をジークが堂々と歩いてくる。
さすがに騒ぎすぎだと注意しに来たのかと思えば、違った。
「俺様も混ぜろよ」
参加するんかい。
こんな学生みたいなノリで生きているような奴が頭を張ってて、よく組織が機能しているなと感心ししてしまう。
その裏で、副長のバトラーが苦労しているのだろうが。
「龍殺しの頂上対決だ!」
ジークの登場にその場の人間がわっと盛り上がる。
「いや、もう僕は……」
「何してるんだ、レイン。早くしろよ」
袖をまくって樽で構えているジークから急かされる。それだけではなく、その横ではロワーズが再びノミ行為を始めていた。
「オッズは十一対一だよー」
一はもちろん僕の方で。大穴もいいところだ。
周りに流されっぱなしの自分に向けて、僕は大きくため息をついた。
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