02:ルーシーの過去Ⅰ

 思えばこの世界で食べる朝食は初めてだ。


 一体何が出てくるのかと思えば、ベーコンエッグ、サラダに粥のようなスープと、朝からかなりしっかりした食事だった。食事は夕飯の時と同じく配膳台に並べられていて、ビュッフェのように自分でよそう必要がある。


「すごいな」


 配膳台に並べられた料理を見てぼやく。

 これだと、漫画の連載をしていたときに食べていた朝食の方が粗末だ。シリアルに牛乳をかけたものを食べたなら上等な方で、普段はそのまま袋から食べてる状態だった。


「これも全部ルーシーが作ったの?」


 トングでサラダを皿に載せながら、隣にいるルーシーに訊ねる。


「うん。ルーシーが作った」

「朝からみんなの食事をこんなに作るの大変じゃない?」

「そうでもない。この小麦粉の粥は昨日のスープの残りを使ってるし、片付けとかは手伝ってもらってる」


 こともなげに言っているが、ここまでの食事を三十人前近くも用意するなんて、相当な時間がかかるはず。


「でも、かなり早起きしないと準備できないでしょ」

「ルーシーちょっとしか寝ないから平気」

「ちょっとってどれぐらい?」

「二時間ぐらい」


 ルーシーはトングをカチカチさせながら、ケロリとした顔で言った。


「それ本当なの? 毎日二時間?」

「うん」


 何かの冗談だろうか。

 毎日の睡眠が二時間とは正気とも思えないが、本人は至って普通そうだ。


「心配不要。ルーシーの体質だから」


 心配でしかないのだが、体質と言われてしまうと、何も言えなくなってしまう。

 僕らは空いている席に隣り合って座ると、ルーシーは祈りを捧げ始めた。


 食べ始めてもよかったが、食事を作ったルーシーより先に食べ始めるのもどうかと思い、祈り終えるのを待つことにする。


「待たなくてよかったのに。見てても面白くない」


 祈り終えたルーシーが少し困ったような顔をして言った。


「そんなことはないよ。感謝を口にすることはかけがいのないことだと思う」

「ルーシーそこまで敬虔じゃない」

「けど、その服って司祭魔術師プリーストが着るものでしょ? 杖だって、すごく大事そうにしているように見えるけど」


 ルーシーが背負っている銀色の杖を指さすと、感慨深そうに杖を手にした。


「これは、恩師リーリェの、形見でもあるから」


 返事に窮して言葉に詰まっていると、ルーシーは続けて、


「リーリェは、セルビナ公国のフォーリっていう小さな町の教会のシスターをしていて、身寄りのないルーシーを育ててくれた。リーリェは町のみんなから慕われてた。ルーシーが司祭魔術師なのは、リーリェが教えてくれたから」


 フォーカードで出した覚えのない話だった。


「セルビナ公国?」

「戦争に負けて、今の地図にセルビナ公国の名前はない。フォーリの町も住人も、その戦災でみんな失った。町で生き残ったのルーシーだけ」


 まるで祈りの言葉を唱えるかのように、ルーシーは淡々と喋りつづけている。ただ、何も思っていないわけでもないようで、その表情は少し翳っていた。


「それは……」


 胸が痛くなる話だった。

 お話を創っていた人間が不甲斐ないことに、かけるべき言葉が全く見つからない。


「朝からする話でもなかった」


 この世界はそれなりに近代化が進んでいるが、種族間の問題や国家間の紛争、魔物による脅威など多くの問題を抱えている。

 そんな世界だからこそ、暗い影を持ちながら生きている人も多いのだろう。


「いや、ルーシーのことが聞けて嬉しいよ」


 冷静に考えれば、荒っぽいことをしている集団に年端もいかない女の子が混じっているのはかなり異様だ。国からの正式な依頼だとジークは言っていたが、周りに誇れるほど真っ当な道でもない。


 まだ子供であるルーシーがそんな集団の仲間になるというのは、彼女にも相当なイレギュラーがあったからだろう。

 それがこの話、ということか。


「そのリーリェさんとルーシーはどうやって出会ったの?」

「それは……んん……」


 ここまでルーシーは淀みなく喋っていたのに、急に歯切れが悪くなった。


「ゴメン。今は話せない」


 先ほど聞いたこと以上に重い話があるとは思えないが、まだ何かあるのだろうか。


「その話をするには、ルーシーの生い立ちを話さないとだから。けど、このことを話すには勇気要る。団員のみんなにも話してない」

「こちらこそ、変な質問してごめん。言いにくいことならいいんだ」


 話の流れで何気なく発した質問だ。

 ルーシーの過去に興味はありこそ、無理に詮索したい訳でもない。


「いつかは聞いて欲しい。けど……」


 言葉の途中で、ルーシーは表情をこわばらせて黙ってしまった。


「けど?」


 反芻すると、そこでようやくルーシーは口を開いた。


「ルーシーのことを知って、レインの見る目が変わらないか心配」

「そんなことはないよ」


 そう言ったものの、ルーシーからすれば僕はおとといに会ったばかりの人間だ。この言葉はどこまで彼女の心に響いただろうか。


「ありがとう。でも、やっぱりこのことは……」


 ルーシーはフォークでサラダをつつきながら、申し訳なさそうに言った。


「話せるようになったら話してよ」

「うん」


 ルーシーは頷いたまま、少し寂しげに目を伏せた。


「さっさと食べて、さ。昨日の続きをしよう」


 暗い空気を払拭すべく、話題を切り替える。すると、ルーシーは改まった様子で僕を見た。


「ん。今日はレインが昨日言ってたこと早速見せて貰う」

「お手柔らに頼むよ」

「ダメ。厳しく見る」


 気持ちの切り替えが早いのか、いつもの冷たい抑揚で拒否されてしまい、僕は思わず苦笑してしまった。


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