03:プロシード

 朝食を終え、船から出てしばらく。ルーシーの後ろにくっついて歩いていると、昨日は船の近場で練習したというのに、気づけばその場所を通り過ぎていた。


 あの場所には、数え切れないほど生み出した土塊が昨日の練習の成果として残っているはず。それを見てもらうだけでもよかったのだが、すでにそれなりの距離を歩いてしまっており、今更言い出しにくかった。


 見慣れない花や植物を見つけながら、ちょっとした散歩を続けていく。


「今日は違う場所で練習するの?」


 目の前の小さな背中に向けて訊ねると、ルーシーは足を止めて振り返った。


「別の魔法の練習もするから、人けのない場所にいく」


 そんな場所で使う魔法といえば、危険な魔法だろう。つまり……。


「ってことは、ついに中級魔法が――」

「違う。初級」


 言い終えるより先に否定されてしまった。


「レインに中級は早いって昨日言ったばかり」


 ルーシーからジトッとした目つきで睨まれる。


「た、ただの冗談です……」


 昨日の怒ったルーシーを思い出して、思わず敬語になってしまった。


「無茶はしないこと。昨日骨身にしみたはず。無茶をするとどうなるのか」

「倒れたあげくに、女の子から怒られたよ」

「よくわかってる」


 ルーシーはふふっと笑って、再び歩き出す。

 そのまま会話もなく二人で歩いていると、しばらくしてルーシーが立ち止まった。


「このへんで練習する」


 斜面もなくそこそこ広い場所だ。ここならばグランプを使っても、雑草にまみれて形がわからないなんてことにもならなそうだ。


「昨日の成果見せてもらう」


 ルーシーが僕に向き直り、鋭い視線を向ける。

 ルーシーの師であるリーリェもこんな感じだったのだろうか。


「わかった」


 とは言ったものの、どう見せたものか。

 少し考えて、ふと彼女と交わした約束を思い出した。


「いくよ」


 僕は右手を前にかざして、イメージする。


「グランプ」


 十センチほどの小さい土壁だが、それでいい。いくつもの土壁が組み合わさり、僕の思った通りの形を成してゆく。それは次第に畳一枚分の大きさの絵へと変わっていった。

 杖を持ち、ローブを纏った女の子の絵。ルーシーの絵だ。


「どうかな」


 手応えを感じつつ訊ねると、ルーシーは呆気にとられたように口を開けていた。


「なかなかユニーク。何からコメントしたらいいのかわからない」


 ルーシーは地面にできた自身の絵と僕を交互に見つめ、


「正直、ルーシー驚いてる。ここまで魔法をコントロールできる人は他にいない」

「よっし!」

「だけど」


 言葉を区切って、ルーシーが複雑そうな顔をする。何かまずかっただろうか。


「ん? ……痛っ」


 杖で頭をコツンと小突かれた。


「魔法は遊びじゃないって昨日言ったはず」


 ルーシーは地面に描かれた自分の姿をもう一度見ると、ふっと頬をほころばせた。


「絵については嬉しいから、今回はこれで許す」

「気に入ってもらえて嬉しいよ」


「絵のことはさておき、これはすごいことに違いない。ルーシーまねできない」

「それって、絵のこと?」

「絵どころか綺麗な円を描くことも出来ない」


 ルーシーは星幽旅団のメンバーであることもあって、腕は立つはず。そんな彼女が真似できないとは、相当凄いことなのではなかろうか。


「これ、結構凄いことだったりする?」


 念を押して訊いてみると、ルーシーは首肯で返した。


「でも、レイン勘違いしてる。マナと魔法のコントロールは似て非なるもの」

「えっ……そうなの?」

「マナコントロールは魔法を使う前の段階の技術。昨日も言ったとおり、グランプで同じ大きさの土壁を作ることが肝。これは基礎訓練を飛ばしてる」


 絵描きでいえば、線や図形の練習ってところか。


「昨日の練習は無駄だったのか……」

「そうでもない。これはレインの長所。予定していた練習の内容を少し変える」

「それで今日の練習は?」

「早速、別の魔法教える。見てて」


 ルーシーが僕から少し距離を取り、杖を構えた。


「プロシード」


 一昨日、魔法部隊の面々が使用していた汎用的な防御魔法だ。劇中での登場回数ランキングを作れば一、二を争うほど魔術師がよく使う魔法でもある。


「プロシードの魔法。これを習得してもらう」

「触っても平気?」

「平気」


 試しに軽くノックしてみると、コツコツと堅い壁のような感触が返ってきた。


「僕にできるかな」

「そのための練習。初めはプロシードをマスターするために、正式な詠唱で練習してもらう。詠唱呪文は光輝の防壁。我らに凶矢を払う守護を与え給え。覚えて」

「光輝の防壁。光集いて……何だっけ」


 レイエラは無詠唱でプロシードを使うので、正式な詠唱を使ったプロシードはあまり劇中に出てこない。

 そのため、僕自身が呪文の内容をほとんど忘れてしまっていた。


「光集いて、我らに凶矢を払う守護を与え給え」


 淡々と言うから、覚えるのも精一杯だ。

 もう少しゆっくり言ってくれればいいものを。


「光集いて、我らに凶矢を払う守護を与え給え、ね。オーケー」


 なんとか覚えきった詠唱を口にして、ふと疑問がわいてきた。


「そういえば、光集いてってあるけど、プロシードって、無属性魔法だよね?」

「光が入ってるけど無属性魔法。法理の組み立てに都合がいいというだけで、詠唱の文の意味はあってないようなもの。言葉の意味が結果と一致するとは限らない」


「それって、詠唱の言葉の意味を理解していなくても、魔法が使えるってこと?」

「そういうこと」


 なるほど。魔法らしいといえばそうか。

 さて――。

 グランプに続く第二の魔法。試してみようじゃないか。


「光輝の防壁。我らに凶矢を払う守護を与え給え。プロシード」


 ルーシーが言うと様になっているのに、僕が口にするとなんだか厨二っぽく感じてしまうのはなぜだろうか。堂々としているかそうでないかの違いだろうか?


「だいぶ弱々しい」


 ルーシーは僕の眼前に展開されたプロシードの壁に触れて、眉根を寄せた。

 確かに僕が展開したものは輝きが薄く、風が吹いたら飛ばされそうなほど弱々しい。詠唱に恥ずかしさを感じて、マナの放出を忘れてたとは言い出せなかった。


「今のは素振すぶり。素振りだから」


 己の内に意識を向け、もう一度プロシードを唱える。


「光輝の防壁。我らに凶矢を払う守護を与え給え。プロシード」


 唱えながら、己の内にあるマナを意識する。

 術式とマナが繋がる感覚。

 そのまま、プロシードのイメージを起こすと、自分のマナがごっそりと持って行かれるような感覚に襲われた。


 素人ながらもわかる。


 グランプの魔法はなんとも感じなかったのに、こんな感覚がするとはかなりのマナを消費しているに違いない。

 魔法部隊が一昨日張っていたプロシードは複数人がかりだったとはいえ、船を守るほど巨大なものだった。自分でプロシードを使用してみて、星幽旅団の面々の凄さを改めて痛感する。


 そうしてなんとか発動したプロシードを、ルーシーは値踏みするかのように矯めつ眇めつ眺めて、小さく息をついた。


「マナコントロールがいまいち」


 そこそこ上手くいったと思ったが、ルーシーから素気なくダメ出しを受けてしまう。


「そうかぁ」


 昨日は心が自信で満ち満ちていたんだけどな。なんだってできるとまでは思い上がってはいなかったが、完全にダニングクルーガー効果の曲線をなぞっている。


「そう落ち込むことはない。プロシードについては初めてなのによくできてる」

「実戦で使えそうかな」

「残念だけど、これだと実戦には使えない」


 ルーシーは僕から離れて距離をとると、剣のように杖を振り下ろした。


「カタクリスタル」


 短い詠唱と同時に、僕に向かって鋭い氷塊がミサイルのように飛んできた。


「ちょっ……」


 高速で迫り来る氷塊の軌道は見えていても、不意打ちすぎて体が反応しなかった。

 氷塊はプロシードに衝突したと同時に炸裂し、ガラスのような破砕音と共に僕が張ったプロシードが粉々に砕け散った。


「ルーシーさん!?」

「大丈夫。完全詠唱してないし、少しの力しか出してない」


 本来プリーストはヒーラーとしての後方支援に務めるのだが、これで少しとはさすがは星幽旅団の一員というべきか。


「魔法使うってあらかじめ言ったら、レイン死ぬ気でプロシード張る」

「そりゃそうでしょうよ!」

「それじゃだめ。今の強度を見せたかった」


 言いたいことはわかる。が、もっとやり方があったんじゃなかろうか。


「死ぬかと思ったんだけど……」

「実際の戦闘なら下手すれば死んでた」


 ルーシーが涼しげな顔で恐ろしいことを言う。


「今回はしっかり外した。それに、何かあったらルーシーが治す。流れた血や欠損は戻せないけど、組織さえ残っていれば、切断されてても治せる」


 それは安心していいのだろうか。


「試してみる?」


 ルーシーがクスリといたずらっぽい微笑を浮かべる。

 その笑顔は何でも治せる自信と、僕をからかう気持ちの両方がにじみ出ていた。


「……え、遠慮しとくよ」


 痛いのは御免である。


「レインに不足しているのは鍛錬だけ。さっそくだけど……ッ! エアシュート」


 言葉の途中でルーシーが風魔法を真横に放ち、その反動を使って大きく跳躍した。


「へ?」


 一体、何をしようとしているのだろうか。

 ルーシーの突飛な行動に困惑していると、先ほどまでルーシーが立っていた場所に小さい物体がヒュウと風を切って通り過ぎた。


「なっ!?」


 矢だ。

 当たることのなかったそれはカッと軽快な音を鳴らして、地面へと刺さった。

 ルーシーの緊迫した表情を見て思う。何かただ事でないことが起きている、と。

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