13:龍殺し

 驚くべきことに、龍の奴はまだ生きていた。

 あれから、スターダスト号は何とか不時着し、龍の素材を得るために亡骸を捜索することになった。


 龍から取れる素材はどれも貴重で、薬にも武器にも高級家具にもなるらしい。

 手分けしての捜索で、巨体な生き物を探すのにそう時間はかからなかった。


 報告してきた団員の話によると、龍はまだ生きていたのだという。

 ただ、僕の放った魔法によって龍は翼を負傷しており、飛べないらしい。それでも、暴れ回る力は残っているようで、逃げ帰ってくるしかなかったとのことだった。


 そうして、星幽旅団の戦闘員全員での龍討伐が始まった。

 戦闘ができる団員全員ということもあり、錚々たる顔ぶれが集まっている。


「先陣は私とロワーズさん、ルーファスさんの三人で陽動を行います」


 龍は傷を癒やすためか地面の上で丸まって休んでおり、僕ら一同は気配を悟られない場所で作戦会議となった。


「魔法部隊の方々はお疲れでしょうし、後方支援をお願いします。それ以外の方は本陣です。団長は本陣の指揮を兼任してください」


 バトラーは淡々と団員に対して、役割を告げていく。


「レインさんは、先ほどの魔法をもう一度使えますか?」

「一発だけなら撃てると思います」


 あの魔法は周辺にある自然のマナを大量にかき集める。そのため、一度打ってしまうと集められるマナがなくなり、再び使用することはできない。


 一応、人のマナを使って放つこともできるが、あの魔法陣には膨大なマナが必要になるので常人には不可能だ。これはデメリットでもあり、制約でもあった。


「そうですか。では、レインさんも本陣でお願いします」

「わかりました」

「待ってくれ」


 話がまとまりそうなタイミングで、ジークが待ったをかけた。


「アイツは俺様一人に任せてくれないか」


 戦えるメンバー全員で来たというのに、ジークが一人で戦うと言い出した。


「仲間にばかり良い格好をさせるのは、団長の名折れだからな」


 ジークは僕を見て、ニカリと笑った。


「久しぶりに団長の本気が見られるか」「どれぐらいで倒すと思う」「十分以内に千賭ける」「五分以内かどうかにしねえか」


 ジークの思わぬ言葉に、団員たちがわいわい騒ぎ立て始める。

 とてもじゃないが、これから命の取り合いをするような空気に見えない。


「いいんですか?」


 僕はバトラーに問う。


「豪傑なんだか無軌道なんだか。今も昔も龍殺しは英雄扱いです。アレは龍種の中でも下位ですが、金等級ゴールドの冒険者二十人で相手をするような奴なんですけどねぇ」


 金等級といえば、冒険者の中でも熟練者エリートだ。

 位には白磁等級ルーキー鉄等級アイアン銅等級ブロンズ銀等級シルバー金等級ゴールド白金等級プラチナ永久欠番エタニティがある。


 現役の永久欠番は一国に一人いるかどうかの存在なので、実質、白金等級が最高位だ。上から二番目の存在が二十人集まって倒すような相手を、一人で倒すのは無茶と言える。


「本人がああ言っているのですから、いいでしょう。先ほどのレインさんの一撃で弱っているようですし、何かあればこちらもフォローしましょう」


 蟷螂エルフが斧を以て、隆車に向かう――そんな構図というわけではない。


「それに、彼は強いですから」


 バトラーの言うとおり、ジークは強いのだ。

 この世界の中でジークは星幽旅団の団長という肩書きだけでなく、ジークを知る者からは裂け目クレバスと呼ばれ、恐れられている。

 その力の最たる根幹は彼女の能力にあった。


「それじゃあ、ちょっこら行ってくるわ」


 コンビニに行ってくるみたいな軽いノリで、ジークは単身で岩陰から飛び出す。

 龍はジークに気づいたのか臨戦態勢に入り、ジークもまたホルスターから二本の手斧を引き抜いていた。


 そのまま両者にらみ合いになるかと思われたが、違った。

 ジークは龍に気づかれても怖じ気づくことなく、一直線に疾駆していた。


「速い……」


 それは、まるで銃身から放たれた弾丸のようで。先ほど降った雨で水たまりがあるのか、ジークは水しぶきを巻き上げながら突き進んでいた。


「あれでも全速力ではなく、様子を窺っていますよ」


 そして龍と距離が詰まると、ジークは右手の斧で地面をえぐるように振り抜いた。

 その瞬間、ジークの手前から衝撃波が巻き起こり、地面が裂けた。

 裂け目は次第に広がってゆき、地割れとなって龍へ襲いかかる。龍は翼をはためかせて飛び立とうとするも、負傷した翼での飛翔はかなわず、割れ目に右後ろ足を取られていた。


「さすが。何度見ても、裂け目の異名は伊達じゃないですね」


 バトラーが感心したように呟く。

 あのとてつもない怪力。


 この世界の戦士には、体内にあるマナを活力に変換できる者がいる。

 筋力、俊敏さ、体力、視力、聴覚など人によって強化できる部位は様々だ。

 これを、人々は闘志と呼んでいる。


 ジークは体内にある膨大なマナを筋力に変えるすべをハイエルフになったときに手に入れており、あの子供のような姿でも莫大な力を出すことができた。

 あれが、ジークの能力であり本気の姿。

 龍の方も一方的にやられるつもりもないようで、見覚えのある動作をした。


「ブレスだ!」


 団員の誰かが叫んだが、それよりもジークは早く動いていた。

 前方への宙返りと同時に両手の斧で地面を切り裂き、そこに向かって回転した足を打ち下ろす。すると、えぐり取られた地面が三角形に隆起した。

 天然の畳返し。

 ジークはその遮蔽物を盾に、ブレスを防ぎきった。


「いいぞー団長」


 ブレスへの鮮やかな対応に、どっと歓声が上がる。

 団員はジークが余裕を持っていると感じているのか、どうも緊張感がない。ジークの方も、一歩間違えれば消し炭になっていただろうに、その表情は余裕そうだ。


 歓声に応えるかのごとく、ジークは遮蔽物を踏み台にして龍へ向かって飛びかかる。右後ろ足が捕らわれている龍は、ジークに対して巨大な尻尾を繰り出した。

 ジークは虚を突かれた様子もなく、それを待っていたかのように宙で翻る。


 刹那の交差。 

 その瞬間はスローモーションに見え、時が置き去りになる。


 ジークは尻尾ともつれることなく、斧で見事に捉えていた。

 ズバッと肉を絶つ音が響き、龍の尻尾は切れ端となって宙を舞った。


「すごいな」


 大木ほどの太さのある尻尾だというのに、あんな小さい斧で切断するなんて。

 尻尾を切ったことで再び歓声が沸き、次第にジークコールが巻き起こる。龍はまだ生きているというのに、ギャラリーのボルテージは最高潮だ。


「そろそろ決まりますかね」


 バトラーは何かを察したのか、眼鏡を軽く持ち上げる。

 尻尾を切られた龍はすでに戦意を喪失しており、逃げだそうとしていた。が、地割れに嵌まった足は抜け出せず、滑稽にも体を揺らすことしかできていない。


 ジークは再び跳躍し、右手の斧を大きく構えた。

 大振りからの、一閃。

 龍の首が尻尾のように飛び、血しぶきとともに巨体がドウと崩れ落ちた。


「人間離れしてる……」


 唖然とするしかない。

 フォーカードは理屈より絵面を優先して描いていたつもりだが、その漫画的表現をそのまま現実に持ってきたかのような、規格外の動きを彼女は見せていた。

 レインになった今の僕でさえも、あの動きをするのは難しいだろう。


「団長はハイエルフで人族じゃないッスよ?」


 そばに居たクーリャからどうでもいいツッコミを受ける。


「そうなんだけれども、ハイエルフでも大概じゃないかな」

「いやいや、なーに言ってんスか。団長の闘志は凄いッスけど、後輩君の魔法も大概ッスよ」


 あれは劇中でもトップクラスの魔法なので、クーリャの言い分も一理ある。

 しかし、僕からしてみれば魔法はとてつもないものとして然るべきであって、肉体一つであれほどの動きをする方が凄く感じてしまう。


「無茶をしてくれますね。首なんて狙わずとも、無力化する方法なんて彼ならいくらでもあるでしょうに」


 やれやれといった様子でバトラーがため息づく。

 バトラーの言うとおり、やり方なんていくらでもあったのだろう。


 だが、どうしてジークはああしたのか僕には解る。

 龍に追われていたとき、ジークはこう言っていたのだ。


 ――空中でなかったら首をたたき切ってやったのに、と。


 彼女はその言葉通りに成したのだ。

 血の雨が降り注ぐ中、ジークは僕らの方へ振り返ると、笑顔で拳を突き出した。

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