12:ライトニング・カノン


「またブレスだ!」


 誰かがそう叫んだ直後、龍の口から炎が放たれた。

 再び魔法部隊がプロシードを張るも、先ほどとは違って弱々しいものだった。


 炎は障壁から漏れ出て、僕らの方にも少量の火が届いている。このまま防御魔法のプロシードを貫かれてしまうのも時間の問題だ。


 剣を握り、感覚を研ぎ澄ます。

 何千、何万と繰り返してきたこと。

 それはレインではなく、僕がしてきたこと。


 斬ることではなく、描くこと。

 これは剣ではない――筆だ。


「おい、レイン。どこに行くんだ」


 ジークが僕の腕を掴む。

 何か無謀なことをするんじゃないか、そんな表情をジークは浮かべていた。


「僕にも戦わせてほしい」


 まったく説得力に欠ける言葉だったが、こう言うしかなかった。

 これから僕がやろうとしていること。それに対する自信はない。


 けれど、今まで幾千、幾万と描いてきたことへの信頼はあった。

 僕は鞘から剣を抜くと、切っ先を龍に向け――宙に巨大な円を描いた。


 色はない。

 剣が空を切っただけ。だが、僕は目の前に大きな真円を描いた。

 そこから僕は丸、三角、半円と様々な装飾を円の中に刻み、描いてゆく。


「アイツ、何をしているんだ?」


 この場の誰かがそんなことを口にした。

 他人の目には僕が突然狂って、滑稽に剣を振り回しているように見えるだろう。

 だが、そんなことは気にしない。


 剣という重さがあったものの、剣の捌き方を身体が覚えていた。

 鍛えられた体幹から宙を斬り、寸分の狂いもなく図形を描き足していく。


 レインには詠唱を用いた魔法は練度不足で使えない。

 そこで魔法陣だ。

 魔術師が詠唱によって己のマナと術式を繋げるように、魔法陣は自然のマナと陣を繋げ、陣に込められた魔法を行使できる。

 僕は一心不乱に剣を振るい、描く。描く。描く。


「繋がれええええええええええ」


 最後の一筆を入れた瞬間、宙を刻んだ軌跡が輝き、陣が完成した。

 劇中に登場する天才魔術師、レイエラが作り出した八つの究極奥義リーサルマジックの一つ。


 主人公の仲間であり、それ故に僕が漫画で一番多く描いた陣。

 その陣の名。


「ライトニング・カノン!」


 右手を陣にかざした瞬間、光り輝く陣から閃光が走り、大電力のエネルギーが放出された。陣から解き放たれた雷は巨大なうねりとなって内側からプロシードを貫き、炎の海をモーゼの海割りみたいに吹き飛ばしながら突き進む。

 巨大な光線に見まごうほどの雷は青白いプラズマの軌跡を残し、龍へと直撃した。


 グオオオオォオォオオオオ……。


 遅れて鼓膜が破れんほどの龍の断末魔が轟く。

 巨大な雷をぶつけられた龍は、煙を上げながら力尽きたように落下していった。


 ――僕が、やったのか?

 実感もなくその場に立ち尽くす。

 陣の完成から、雷が龍へ当たるまでは一瞬のことだった。


 この場にいた面々も、何が起こったのかわからない様子でまじまじと僕を見ていたが、一番呆けていたのは僕だろう。


「レイン。お前さんはすげえな!」

「うわっ」


 ぼんやりしていると、ジークにバシッと背中をたたかれた。


「剣術だけでなく、魔法も使えたのか」

「いや、僕は――」

「レインの魔法すごかった!」


 否定しようとした矢先、ルーシーが目を輝かせながらこちらにやってきて、僕は言葉を発するタイミングを逸してしまった。


「期待のルーキーだな」「七人目か」「あの魔法、先輩にも見せたかったッスね」


 と、魔法部隊の面々も会話に混じってきてしまい、ますます言い出しにくい。


「まさか一発でテンペストドラゴンを仕留めちまうとはな。何をやったんだ?」


「魔法陣による超火力攻撃。それも、かなり複雑な術式。見たところ、基礎的な要素を多重化して、威力を上げている。それだけでなく、周囲からのマナ供給において、自然や天体からの不純物が混ざらないようにしていたり、微細な点にも技巧を凝らしてる」


 ジークの疑問にルーシーは興奮したように長々と答え、


「レイン、合ってる?」


 と、キラキラした目で訊いてきた。


「合ってると思う」


 驚いた。

 あれはレイエラが独自に組んだ陣で、世の中には広まっていないオリジナル魔法だ。それをルーシーは一目見ただけで、仕組みまで理解したらしい。


「魔法に関して俺様はからっきしだからなぁ」

「ハイエルフは魔術師が多いし、今の団長なら魔法適性も高いと思う」

「俺様は斧の方が性にあってるしな」


 気づけば雨も止み、張り詰めていた空気が天気とともに晴れてきた――そんな時。


『ジーク! 大変だ!』


 再び悲鳴が伝声管から伝わってきた。


「今度はなんだよ。いい加減、大事じゃないんだろ?」


 まさか龍が生きていた? と思ったが、ジークの反応は冷淡だ。

 違和感を探ると、声の主は見張り台の男ではなく、機関長の声だった。


『魔石からのマナ供給が急に低下した。このまま緊急着陸するしかない』

「うん? もう一度言ってくれないか」

『エンジンがマナ不足だ。緊急着陸するしかない』


 マナ供給が急に低下した原因について、思い当たる節は一つしかない。

 僕は思わずあっと声を上げてしまう。


「僕が放った魔法のせいだ。あれはこの船のマナを――」

「原因は後回しだ! バトラー、見張り台にはワイヤロープを伝って急いで降りるよう指示してくれ。船上のメンバーは今すぐ船内に退避! 急げ!」


 物事というのは思ったようにはそうそう、うまくはいかないらしい。

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