11:テンペストドラゴン

 船上には緊張が走っていた。

 船は龍時雨の下へと突入し、大降りの雨が降り始めている。雨だけでなく風も強く、船の速度と相まって、壁を背にしているというのに風にさらわれそうになってしまう。


「あいつら、もうちょっとは粘れよ!」


 あの龍をフランコフの船に差し向けたのはジークだというのに、ひどい言いようだ。雲に触れるぐらいの高度から墜落は、間違いなく彼らを地獄に送っただろう。

 気の毒だが、この世界で人が不条理に死ぬことはよくあることだ。


「完全に目をつけられているな」


 相手がウラヴィスの魔導具を持っていたとしても、堂々と振る舞っていたジークだったが、この時は動揺が垣間見えた。


「ミラージェがあるんじゃ? たまたま追っかけてきているように見えるとか」


 僕らの船の後ろ側には、ルーシー達が生成したミラージェが残っているはず。

 龍の知能がどこまで高いのかはわからないが、なんとかなるんじゃなかろうか。

 僕の意見に対して、ジークは首を横に振り、


「テンペストドラゴンの眼は温度やマナを感じ取れる。普段、雲の中に住んでるぐらいだからな。あれは間違いなく俺様たちを追ってきている」


 飛行船同士のチェイスが終わったと思えば、次は龍相手になったわけだ。

 どちらが厄介なのかと思うに、今のジークの様子を見れば明らかだった。


「機関長。もっと船足を速められないのか!?」

『これ以上は無理だ! オーバーヒートして逆に遅くなっちまう』


 機関長の悲痛な叫びが伝声管から伝わってくる。これが限界いっぱいらしい。

 龍の方はだんだんと迫ってきていることから、あちらの方が速度は上のようだ。


「こうなったらやり合うぞ」


 ジークが榴弾、試射無し、初弾より急斉射と注文すると、それはすみやかに実行に移された。星幽旅団は空賊ではないが、お抱えの砲撃手は優秀だった。


 先ほどのフランコフの船よりも距離が近かったからか、見事に初弾から龍に命中したのだ。弾は龍へ当たった瞬間に炸裂し、強烈な爆音を伴って爆発した。


「やったか!?」


 手応えを感じたのか、ジークが叫んだ。


「まだ龍のマナを感じる」


 冷静さを貫いているルーシーが、ジークを否定する。


 ルーシーの言うとおり、龍は爆煙の中から現れた。しかも、あれほどの爆発を受けたというのに、龍はほぼ無傷といった様子でいる。


 初弾以降も砲撃は休みなく撃ち続けられていた。が、龍はこちらの攻撃を学習したのか、滑空と上昇を組み合わせて弾を避けはじめた。


 それでも負けじと砲撃が続けられるも、変則的に飛び始めた龍に対しては為す術なく、弾はものの見事に外れている。


『ちょこまかと動きやがって……』


 伝声管から砲撃手の焦りを帯びた悪態が聞こえてくる。

 しばらくして、悠々と空を飛び続けていた龍が軽やかに飛翔した。

 明らかに何かを行う前触れだろう。


「来るッス!」


 それはクーリャも感知していたようで、その場の仲間に合図を送る。


「光輝の防壁。光集いて、我らに凶矢を払う守護を与え給え! プロシード!」


 各々がプロシードの魔法を唱え、龍の攻撃に備え始める。

 張りっぱなしだったプロシードが目に見えて光り輝いたタイミングで、龍の方も赫奕と燃える炎を口から吐き出した。


「衝撃に備えろ!」


 ジークのかけ声とともに、渦巻いた炎が僕らのいる場所へと降り注いだ。

 その炎は雨でかき消えることなく、プロシードと激突する。


 衝撃こそなかったものの、雨に打たれてなければ火傷していたんじゃないかと思うぐらいの熱風が僕らを襲う。


 まるで地獄の門から火が襲いかかってきたような光景だったが、だんだんとそれは弱まっていき、後にはプロシードの障壁だけが残った。

 どうなるかと思ったが、プロシードで何とか凌ぎきったらしい。


「お前ら、大丈夫か!」


 ジークがみんなに問いかける。


「うぅ……。大丈夫ッスけど、このままじゃじり貧ッス」


 龍のブレスの威力を見て、クーリャの顔色はすっかり蒼白になっていた。


「こうなったら、飛行魔法で龍の元へ連れてってくれ。刺し違えてでも首を斬る」

「無茶ッスよ! 飛行魔法といっても滑空がせいぜいで、いい的ッス」


 クーリャから無茶だと窘められて、ジークが歯噛みする。


「クソッ、空中でなかったら首をたたき切ってやったのに」


 空の覇者に対して、星幽旅団のメンバーに動揺が広がっていた。

 僕はといえば、何もできずにただ傍観することしかできていない。

 劇中前のレインは、この状況をどうやって切り抜けたんだろうか。


「まさかな……」


 ふいに嫌な考えが頭をよぎった。

 もしかして、切り抜けてすらもいないんじゃないか、と。


 パターンとして二つ考えられる。

 一つは、そもそもこの世界が、世界観だけを共有した別世界だという線。

 もう一つは、世界は同じでも、僕というイレギュラーによって、本来辿るべき道筋をたがってしまったといういう線だ。


 その二つのなかで、一番考えられるのは後者だ。

 本来ならミラージェを使わず、この場をなんとかしていたのではなかろうか、と。


 例えば、だ。


 先ほどミラージェでフォトンバーストを弾いたが、その流れ弾が偶然、龍に当たってしまったのではなかろうか。


 あのときはちょうど船が左を向こうとした時で、ミラージェも同時に追随していたはず。そのため、フランコフの船から見てミラージェは斜めになっていた。斜めで弾けば、龍時雨のあった後方に流れてしまってもおかしくない。


 ミラージェを使うように提案したのは僕だ。魔導具の知識がないレインだったら、まず提案していないことだろう。よい方向に導けると思ったら、事態はより悪い方向に転がってしまったというわけだ。

 まるで、タイムトラベルものの漫画みたいじゃないか。


 ネタとしては使い古された内容だが、今自分の置かれている身はフィクションでもないし、このまま死ねば二度目の死を経験するのだろう。


 ならば何とかしたいところだが、手元には剣しかない。何かあの龍に対抗できる道具がこの船にあるのかもしれないが、いきなりでは思いつきもしない。


「まてよ……」


 僕はこの船を見渡した。


「道具ならあるじゃないか」


 この巨大な質量を浮かせるために、この船は大量の魔石を積んでいる。その膨大なエネルギーをあの龍にぶつける事が出来れば、あるいは倒せるかもしれない。


 ――船をぶつける?


 それではダメだ。魔石はいわば雷管が必要な爆薬であり、衝撃では何も起こらない。それに、あの龍に対してぶつかれば、こちらもただじゃ済まないだろう。

 と、すれば、順当に魔石を使用するしかない。


 それには媒介を通じて、魔石からマナを取り出す工程が必要になる。その媒介は術者や魔導具が該当し、魔法が使えない今の僕にはどうにもできない領域だ。


 いや――、と再び思考の渦に身を投じる。

 剣しか使えないと誰が決めた?


 今の僕はレインであるが、同時に川瀬彰でもある。その僕はレインという主人公を通じて、多くのことを描いてきた。それらは僕の今の知識でもある。


 今ここにいる彼らと僕は一蓮托生。ならば、僕にできることもするべきだ。

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