04:ジーク

 ジークと一緒に廊下へ出ると、ごつごつした岩肌の壁が真っ先に目についた。

 廊下の天井には照明がなく、青白く発光したランプが壁に点々と並んでいる。


 その様相はおよそ建物と言えず、不気味に光るランプが異彩を放っていた。

 そんなダンジョンみたいな廊下を、ジークは早歩きで進んでいく。


「あのー」


 声をかけると、後ろで結われた金糸のような髪がふわりと舞って、エルフらしくやけに整った顔がこちらを見上げるように向いた。


「俺様は『あの』なんて名前じゃなく、ジークだ。今日からお前さんも団の一員だから、俺様のことはジークでもなく、団長と呼んで貰う。お前さんには大枚をはたいたんだ。拒否権はないからな」


 ジーク率いる団――星幽旅団は国からの援助を受けていない非正規の組織だ。

 何でも屋として人から依頼を受けたり、各地の特産品の売買などをしている。


 ――だが、それは表向きの話。


 大口の仕事は、国やギルドが直接手をつけにくい依頼を受けることだ。諜報や破壊工作、要人拉致に暗殺など、裏稼業とも呼べる依頼をこなしている集団でもある。

 そんな集団の頭が、僕一人のためになぜ一人で助けに来たのだろうか。


「で、どうした?」

「僕を助けに一人でここに来たんですか?」


 僕がそう訊ねると、ジークは眉根を寄せた。


「なんだその取り繕ったような言動は。お前さんはもう仲間なんだから、俺様とはもっと気楽に話せ。あいつみたいで気味が悪い」

「あいつ?」


 ジークの言う、あいつが作者の僕でもピンとこなかった。


「じきにわかる」

「えっと……、わかった」


 設定通りなら、ジークは元おっさんの現ロリエルフだ。

 故にジークは僕よりもずっと年上だが、大人しく従っておくことにする。

 そのまま廊下を進んでいると、四、五人の男が折り重なるように倒れていた。


「わっ」


 それが暗がりから突然現れたので、僕はぎょっとしてしまう。

 血が出ていないところから、彼らはただのびているだけだと思いたいが。


「さっきの質問だが、俺様の他にもう二人居る」


 ジークは倒れている男たちに目もくれず、先ほどの続きを話し出した。

 よくよく考えれば、会話の中でエルフの他に二人居るとか言ってたっけか。

 だが、その二人というのが見当たらない。


「その二人はどこに?」

「そいつらと俺様は別行動だからな。こっちはさっさとここからずらかるぞ」


 ジークは僕を助けにここへ来た、ということもあって、勝手知ったる様子でどんどん進んでいく。角を右に折れたら今度は左に曲がり――と、何度角を曲がったのか指折りで数え切れなくなったあたりで、外の光が見えた。


「これは……」


 ため息交じりにぼやく。

 外に出ると、待っていたのはだだっ広い荒野だった。

 うすうす感じていたことだが、ここは元居た世界ではないらしい。


 振り返ると、刃物で切り落としたような崖壁がそそり立っていた。

 先ほどまで歩いてきた道は洞窟だったようで、崖に口が出来たみたいに、一つだけ穴がぽっかりと空いている。


 荒野の方は砂漠と言ってもいいぐらい地面に草木が少ししか生えておらず、荒々しい岩がそこら中に転がっていた。

 もちろんながら、コンクリートの道は全く見当たらない。


「ぼさっと突っ立って、どうした? さっさとついてこいよ」


 周りの景色に呆然としていると、ジークに呼びかけられた。


「助けてやったんだから、逃げようなんて考えないでくれよな」


 にんまりとジークが笑う。

 僕からすれば、この先どうすればいいのかわからないし、逃げる気なんて毛頭ない。こんな荒野のど真ん中で逃亡を図ったところで、遭難するだけだろう。


 それに、ジークがいるということは魔物だっているはず。遭難しただけでなく、魔物に襲われて腹の中ということもあり得る。

 僕はジークのあとをついて行きながら、ここが夢かうつつかを考えることにした。


「うーん」


 しばらく思考を巡らすも、答えが出そうにないので一人で考えるのをやめた。


「団長」

「おっ、早速そう呼んでくれるか!」


 小声で呼びかけると、尖った耳がひょこりと動いてこちらに振り返った。

 ……耳が動いている。

 劇中では描いていなかった挙動に、僕の手が自然とジークの耳に伸びた。


「やっ、ちょっ……耳にゃっ……」


 ふにふにとした感触が右手に伝わってくる。

 すごい、リアルエルフの耳だ。


「や、やめっ……何をする!」


 バシッと手を払いのけられ、ジークからフーッと威嚇された。


「お前さんは初めて出会った奴の耳を無断で触るのか!?」

「い、いや、普通は触らないよ……」

「なんで触ったんだよ!」


 まずい。夢だかよくわからないまま、やりすぎた。


「ここが夢かどうか気になってさ」

「俺様の耳と何が関係あるんだよ。奴らに頭でも殴られたか?」

「殴られはしなかったけど、顔を蹴られたよ」

「それで痛かったのなら、夢じゃないんじゃないか」

「……確かにそうだね」


 同意するとジークは呆れたように、鼻で笑った。。


「まったく、変なやつを拾っちまった」


 困ったことに、これが現実であると受け止めなければならなそうだ。

 ここまで、夢特有の曖昧さを感じていない。


 何でもかんでも夢だから、で片付けられるかもしれないが、人ひとりの想像力にも限界があるはず。


 僕の考えた世界を一人の脳内でシミュレートすれば、様々なところに綻びが生じているだろう。胡蝶が人間を想像出来なければ、胡蝶の夢たり得ないのだ。

 そんな下らないことを考えながら坂を登っていると、ジークが振り向いて言った。


「見えてきたぞ」


 坂を上りきって開けた視界の先。

 城に見紛うほど巨大な一隻の船が陸の上に座っていた。


「あれが俺様達の拠点だ」

「あれが……」


 空艇スターダスト号。ジーク達が旅をする拠点――飛行船だ。

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