03:取り引き
「お前さん方のエルフ狩りを潰したこの坊主を、俺様が助けてやろうと思ってな。悪趣味なお前さんのことだ。しばらくは生かしておくと思ったが、予想通りで助かったよ」
夢なのか?
だけど、この鼻の痛みと血が流れる感覚は本物で、疑いようもない
いや――と僕は首を振ってその考えを否定する。
さすがに馬鹿馬鹿しすぎやしないだろうか。
僕は刺された後に病院に送られ、そこで見ている夢がこれ。
色々と説明がつかないので、そういうことにしておこう。
「来訪のノックにしては派手にやってくれたな」
「客人を迎える態度がなってなかったからな。おあいこだ」
ジークが不敵に笑う。
「俺らのホームでやろうってのか」
「いいや、俺様もここで事を構えようとは思ってないさ。提案に来たんだ」
「提案だと?」
「金に困ってそうだし、こいつを俺様が買い取ってやる。いい話だとは思わないか」
会話があまり耳に入ってこなかったが、どうやら僕の身を取り引きしようとしているらしい。
「コイツは売り物なんかじゃねぇ。コイツに十一人の部下を殺されたんだぞ。処罰しねぇで示しがつかないことぐらい、同じ頭張ってるお前にもわかるだろ」
なんとなく話が見えてきた。
どうやら、このフランコフと呼ばれた男は組織でエルフ狩りをしていて、それを僕が阻止したらしい。
――彼らの仲間を十一人も殺して。
……いや、意味がわからん。
「十分な金を出してやろうと思ったんだがな。こいつを殺して腹が膨れるなら、そうするがいいさ。それが利口とは思えんがな」
やたら物騒な会話が続いている。目で見た光景だけで言えば、大人と少女が話しているだけで、緊張感のかけらもないのだが。
「言ったな? いくら出してくれるんだ」
「言い値でいいぞ」
フランコフは鼻を鳴らし、指折り数えてからこう言った。
「ダナスで二百万だ。払えるのか」
フォーカードの世界の基軸通貨は、ダナス国が発行しているダナスだ。
昔は金本位制だったが、日常生活に魔石が必要不可欠であることから、自然と多くの国で魔石本位制にシフトしたのだ。
その国の中で、魔石の産出が多い国がダナスであり、おのずと多くの国で取り扱える通貨になった。
「その金額だと、聖教金貨になるがいいか?」
聖教金貨は、フォーカードの世界で一番信徒の多いエルリス聖教会が直接発行している金貨だ。祭事や信徒への褒賞のために使われている……という設定だ。
「聖教金貨? ンなもんどこで手に入れたんだ」
「そりゃあ教会直々によ。ウチはクリーンな仕事しかしてないからな」
ジークは朗々とした口調で答え、ベルトについたポーチから巾着袋を取り出した。
「どの口が言うんだ。聖教金貨なら……そうだな。少し上乗せして九十だ。俺らにはそのまま使えるルートがねぇ」
「交渉成立だな」
ジークは袋から金貨を数枚取り出すと、袋の方をフランコフに向けて放り投げた。
「改めさせてもらう。少し待て」
フランコフは袋から金を取り出すと、手の上で器用に金を数え始めた。
「確かに」
そうして金を数え終えると、僕の横で一緒に転がっている部下の男を蹴飛ばした。
「おい、いつまで寝てるんだ」
「うぅ……あ、兄貴」
部下を蹴り飛ばすとは、部下に対する思いやりがないのだろうか。
同じ床上に倒れてる身な事もあって、彼に同情を覚えてしまう。
「そいつを解放してやれ」
「いいんですか? このエルフは?」
「コイツはただのエルフなんかじゃねぇ。いいから、無駄口を叩かず黙ってやれ」
椅子にくくりつけられた縄がほどかれ、ようやく立ち上がることが出来た。
「お前、ソイツをどうするんだ」
「その金の分ウチで働いて貰うさ。行くぞ、坊主」
立ち上がってジークを見てみると、背が低い。
そんな彼女から坊主と呼ばれて、なんとも言えない気持ちになる。
「ああ、そうそう」
前を歩いていたジークが、突然立ち止まって振り返った。
「次、お前らがあの場所に手を出してみろ。全員殺すぞ」
見た目に似つかない台詞をジークは吐き、再び歩き出した。
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