05:レイン・クワッズ

「どうだ、驚いたか」

「……驚いた」


 ジークは圧倒されたかどうか訊いてきたのだろう。

 だが、僕は別の意味で驚いていた。


 この世界の飛行船は僕の想像の中にあった乗り物であり、僕がフォーカードで一番多く描いた乗り物といえば、間違いなくあれだ。それが実物として存在しているとなると、感動すら覚えてしまう。


 あの船が設定通りならば、魔石を動力として飛行する。

 全長百三十メートルで巡航速度は十五ノット。

 星幽旅団の船は最先端の魔導機関を有しているため、最高四十五ノットまで出る。


 スロープ式のタラップを登って直接船内の通路へ入ると、入り口から少し歩いた先で女の子がひょこりと顔を出した。


「お帰り団長」

「おう、今帰ったぞ」

「団長、また変なの拾ってきた?」


 僕のことを変なのと言った、この髪から服まで真っ白な小柄な女の子。

 間違いがなければ、彼女はルーシーだろう。


 星幽旅団には魔術師が五人いるが、彼女はその中で唯一の司祭魔術師プリーストだ。

 その証拠に、彼女はフード付きの白色のローブを羽織り、銀色の杖を持っている。


「変なのじゃないぞ。ルーシーにはわからないだろうが、コイツは役に立つ」

「ということは新しい仲間?」


 ジークが「あぁ」と頷くと、ルーシーは頬をほころばせた。


「ルーシー。あなたのお名前は」

「僕は――」


 川瀬彰。

 そう名乗ろうとして、僕は言葉を引っ込めた。

 そういえば、僕は誰なんだ?


 先ほど僕が捕まっていた時、フランコフは僕に向けて一人で乗り込んで十一人も殺したと言っていた。するとどうだろう。僕という存在は、目覚めた時より前から存在していたことになる。


「……?」


 言葉に詰まっていると、ルーシーが不思議そうに小さく首を傾げた。

 僕が誰なのか。ここは、確認しなければならない。


「鏡、あるかな?」

「一時的な鏡なら創れる」


 僕の問いかけにルーシーは頷き、両手で杖を構えた。


「ミラージェ」


 そう短く言うと、宙に楕円の輪っかが現れた。円の中は蜃気楼のようなモヤがかかっていたが、じわりじわりと僕の姿が映し出されていく。


「えっ……」


 思わず驚愕する。

 見た目がエルフのジークがいる上に、空とぶ船ときた。


 これ以上はもう驚くまい。そう思っていた。

 ルーシーが使った魔法は現実離れしていて、僕が思い描いていた魔法そのものだ。

 しかし、僕が驚いたのはその魔法に映し出された姿の方で――


「鏡で何を……はにゃあッ!?」


 横でジークの声がしたと思ったら、やたら可愛らしい悲鳴が聞こえてきた。


「話しかけちゃダメ。これは訳あり」

「い、いひゃいぞ。にゃにをふるんだ」


 見れば、ルーシーがジークの背後から頬を引っ張っていた。


「きっとルーシーに見合う男か鏡で確認して、諦めてる最中」

「何だと!?」


 ジークはルーシーの手を振りほどき、ずかずかと僕の前に歩み寄ってきた。


「ルーシーはまだ幼いんだぞ。俺様に断りなく手を出したら許さないからな」


 ルーシーの年齢を設定した覚えはないが、ジークと背丈が同じぐらいなので、十代前半ローティーンだろう。

 鏡に意識を向けていたら、あらぬ方向に会話が進んでしまっていた。


「いやいや、ちょっと自分が誰なのかがわからなかったから」


 咄嗟の嘘が思いつかず、ありのままを口にすると、ジークは怪訝そうな顔をした。


「記憶喪失か? あいつらに何かされたのか?」

「多分、そうなんだと思う」


 本当は違うのだが、僕もよくわかってないので適当に話を合わせることにする。

 すると、先ほどまで威勢の良かったジークが、「そうか」と呟いて閉口した。

 スッと熱が冷めたように黙ってしまい、僕らの間に長い沈黙が横たわった。


 どうも、先ほどのやりとりは彼女らなりのジョークだったらしい。先ほどまでジークの頬を引っ張ったりと、やたら溌剌としていたルーシーもしゅんとしている。


 思えばここへ来てから考えをまとめるのに精一杯で、僕は始終笑いもしなかった。

 そう思うと、途端にばつが悪く思えてきた。


「あーでも、大丈夫。名前だけは思い出した」


 重い空気に耐えかねて、作り笑いで言うと、ルーシーの顔がぱっと輝いた。


「お名前、教えて」


 ルーシーの問いに僕は頷き、鏡の中に視たその姿の名前を口にする。


「僕の名前はレイン。レイン・クワッズ」


 それは、フォーカードの主人公の名だった。

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