06:どうして主人公?

 なんてこった。冷静に考えても、状況がなかなか飲み込めない。


 フィクションを売っていた人間が、リアルに異世界転生をしてしまったワケだが、違う世界に飛ばされただけならば、ここまでは混乱しなかっただろう。


 それどころか、この僕が主人公の姿をしているだなんて。ジークの登場で常識はとうにうち捨てられていたが、さすがに理解が追いつかない。


 さて――僕がレインであることは一度置いておこう。


 最大の謎は、この世界がどういった理屈で成り立ったのか、ということだ。

 僕が主人公のレインの姿だったり、目の前にジークがいることから、ここはフォーカードの世界で間違いないだろう。


 だが、何故フォーカードの世界?

 僕が描いた漫画の世界がたまたま存在していた、という確率は非常に低いはず。

 そうなると、僕の漫画に沿ってこの世界が創られたと考える方がしっくりくる。


 ――例えば、だ。


 大きな力を持った神か何かが、僕の漫画を気に入り、この世界を創った、とか。

 あるいは、僕の漫画を大勢の読者が読んだことで、虚構が現実になったとか。

 自分でもこれらの考えはどうかと思うが、現状が荒唐無稽なので仕方ない。


「うーん」


 逆はどうだろうか。

 漫画から世界の順ではなく、世界から漫画の順だとしたらどうだろう。たとえば、元々僕はこの世界の住人で、前世の記憶を元にフォーカードを描いた、とか。

 よい線にも思えたが、新しい綻びが生じてしまう。


 その順だと、執筆した時点でこちらの世界での出来事は過去のことだ。レインとジークが初めて出会った時、もとい、今現在は劇中の前の出来事なので、時系列が狂う。そもそも僕がレインの姿をしている時点で、その線もなさそうだ。

 僕の漫画とこの世界、どちらが先なのか。


「鶏が先か卵が先か」

「ん? 腹が減ったのか?」


 違う。


「おや、お客様ですか?」


 ジークにお腹は空いてないと言おうとしたところで、頭上から声が降ってきた。

 見上げると、船橋の屋根に眼鏡をかけた男の姿があった。


「バトラーか。こいつは新入りでレインって言うんだ。よろしくしてやってくれ」

「言われずとも。上からのご挨拶ですみませんが、私はバトラーと申します。ここの副長を務めています」


 ジークがバトラーと呼んだあの男。

 彼は星幽旅団の副長だ。冷静沈着な性格で、趣味は読書。魔法などの特殊技能を持たないが、常人離れした洞察眼と鍛え抜かれた剣術が彼の持ち味だ。


 ちなみに星幽旅団の中では力のジーク、技のバトラーなんて呼ばれていたりする。

 しかし、こうも僕の空想にいた人物がポンポン現れると、なんとも複雑な気分だ。


「レインさん。以後よろしくお願いします」

「あ、はい。バトラーさん。よろしくお願いします」


 互いにお辞儀をしていると、ジークが僕の服の袖を掴んだ。


「あいつがじきにわかるって言った奴よ。誰彼かまわずこんな態度だから、レインも同じように相手なんかしなくても別にいいんだぞ」


 国柄、砕けた口調をする人が多いのだろう。

 いや、国柄ではなく、世界柄というべきか。


「親しい間柄にも礼儀は必要ですよ。初対面であれば尚更です」


 ごもっともな返しに、ジークはフンと鼻を鳴らし、


「それよりお前、大事なときにどこにいたんだよ。探したんだぞ」

「私はここでずっと本を読んでいましたが」


 バトラーは僕らに向けて、右手に持った本をひらひらと掲げる。

 そんな飄々とした様子に苛立ちを覚えたのか、ジークはムッとした顔をした。


「特に何もなかったが、やり合うことになった時にお前がいなくてどうするんだ」

「私が出る幕でもないと思いまして。リッツさんとシュードさんを連れて行かれたみたいですが、彼ら程度なら、あなた一人でもどうにでもできる相手でしょう?」


「あいつらにはやって貰いたいことがあったからな」

「それはどんなことを?」

「秘密だ。お前さんみたいな引きこもりの本の虫にはできない事を、な」


 ジークが含みのある笑みを浮かべた直後、バトラーは屋根上からスタイリッシュに飛び降り、音もなく着地した。


「相変わらず、口の減らないエセエルフですね」

「ダサい煽りだな。その手に持ってる本は幼児向けか? 俺様にも読ませてくれよ」


 バトラーは眼鏡のフレームをクイッと押し上げて、ジークをじろりと睨み付けた。


「どうやら我々のどちらが強いか、レインさんにも知ってほしいようですね」

「いいだろう。やってやろうじゃねぇか」


 そういえば、この二人はすぐ喧嘩する仲だった。

 気づけば僕は完全に蚊帳の外で、二人は睨み合いながら歩いて行ってしまった。

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