07:ジークとバトラー

 二人の後を追いかけ、この船で一番広そうな場所に着くと、「おい!」と叫ぶ声がどこからともなく聞こえてきた。


「団長と副長がまた喧嘩を始めたぞォオオ!」


 やたらと大きな声だった。

 その大声を合図に、ハーメルンの笛吹きのごとく船の至る所からぞろぞろと人がやってきて、気付けば二人を取り囲うように人垣ができていた。


「どっちに賭ける?」「前回は団長だったよな」「いや、前回はダンスバトルで副長が華麗に勝ったぞ」「今度は何をしようってんだ」


 星幽旅団のメンバーは僕を含めて二十七人。

 ほぼ全員集まっているんじゃないかと思えるほどの人だかりでガヤガヤしている中、僕の背後から小さなため息が聞こえてきた。

 振り向くと、先ほど別れたばかりのルーシーが呆れ顔で立っていた。


「どうでもいいことで、無駄に介護をさせられるのはまっぴら」


 どうやらルーシーはプリーストだからか、喧嘩後の介護係にされているらしい。


「いつもこう。男ってバカ」

「団長は女の子じゃない?」


 僕が訊ねると、ルーシーは呆れ顔を崩さず、


「団長は元人族のおじさん。昔、病気になってハイエルフになることで助かった。ハイエルフは女性だけだからああなったけど、アレを女の子って言わない」


 組織のトップをアレ呼ばわりな上、だいぶ辛辣な物言いだが、事実でもある。

 何しろ僕が考えた設定のままだったので、どう反応したらよいのかわからず、「へぇ」と適当に相づちを打つと、呆れ顔だったルーシーはキョトンとした。


「驚かないの?」

「どこか男らしかったからね。驚いたけど、聞いて納得したよ」


 知っていたことだとは言えず、そんなことをスカして言ってみた。

 ルーシーとそんなやりとりをしていると、ジークが腰に付いたホルスターから二本の手斧を取り出し、バトラーはサーベルを構えていた。


 まさに一触即発といった様子で、このまま刃を交えるのも時間の問題か、と思われたその時。

 人だかりの中から、ライオンの顔をした男がずかずかと二人の間に割って入った。


「おいおい、二人とも。得物を抜くのは困るぜ」


 突如現れた第三者の動向を気にしてか、騒がしかった周りがピタリと静まった。


「お前らが暴れ回って壊したデッキを、いつも修理してるのは誰だと思ってるんだ」


 顔が獣であの大きな体躯。あれはフォーカードの世界における巨獣人種アーマンだ。

 種族はわかるが、僕は彼に見覚えがない。

 つまり、僕はジーク率いるこの星幽旅団にアーマンを登場させたことなど紙面上で一度も無いし、設定してすらいない。


 が、眼の前にいるアーマンはどうだろう。

 彼は仲間のようにジーク達と接しているじゃないか。いったい彼は誰なんだ。

 僕が戸惑っている間、アーマンの男の制止も聞かずにジークとバトラーはお互いに構えを崩していなかった。


「おい、聞けって。得物を抜いての喧嘩をするなら地上でやってくれよ!」

「そうしたいところですが、嵐が来そうなので、そろそろ離陸したいとカインズさんが仰っていました。不本意ですが、船上でやるしかないでしょう」


 バトラーの回答に、アーマンの男はため息をついた。


「不本意なのはこっちだよ! もしくは得物を使わずにやってくれ」

「仕方ないな。おい、レイン!」


 ジークがこちらに振り向く。ジークが僕を呼んだのだと気づいた頃には、この場にいる全員の視線が僕に集まっていた。


「聞け、お前ら! 今日より団に加わったレインだ。良くしてやってくれ。それと、せっかくだ。俺様とバトラーのどちらが上か、対決方法をレインに決めて貰おうじゃないか」

「ちょ、ちょっ、ちょっと」


 急にそんなキラーパスをされても困る。まったく不意打ちもいいところだ。

 ジークの言葉で、辺りから歓声が巻き起こり、次第に「レイン! レイン!」とレインコールが始まってしまう。


 対決方法、って言われてもな。

 単純な力比べだとマナを筋力に変換できるジークが有利だし、器用さで競えばおそらくバトラーが勝ってしまうだろう。


「……得物なしの殴り合いとか?」

「わかりやすくていい。それで決まりだ!」


 ジークの宣言にうおおおおおお、と周りが盛り上がる。


「もっと安全なやつがよかった」


 僕の背後でルーシーは再びため息をついた。


「ごめん……」


 ルーシーには悪いが、他の方法が思いつかなかった。


「手は抜けませんので、そのおつもりで」

「上等だ。小細工なしでやってやるよ」


 格ゲーの試合前みたいな掛け合いから、取っ組み合いが始まろうとした時だった。

 カン、カン、カン、カンと。

 突然、船の上部についた鐘がけたたましい音で鳴り響いた。


「あれは……」


 集合を知らせたりすることに使用される鐘だ。が、力強く連続で叩かれた時は――


「敵襲の合図」


 僕が思い浮かべていたことを、ルーシーはぽつりと言った。

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