05:初級魔法(最弱) vs 上級魔法(最強)
「初級魔法とはナメられたもんだな」
フランコフが軽い身のこなしで、僕が連続で作り上げた土壁を何度もよけていく。だが、構うまい。これは準備を兼ねた囮だ。
「グランプ」
いざ戦いの火蓋が切られると、不思議と心は凪いだように静かだった。
僕はお構いなしに、グランプを連打する。ルーシーからフランコフを遠ざけつつ、次に繋げるための
「それに攻撃魔法でも何でもねぇときた。これで戦う気か?」
「ああ、そうだ」
僕が肯定すると、フランコフは鼻で笑った。
「お笑いだな。魔法ってのはな、こういうものを言うんだ」
場の空気が一変し、鬼気を煮詰めたような気迫がフランコフからあふれ出した。
「――我が身、血通う王なれば、
「詠唱!?」
僕から距離をとってどうするのかと思えば、詠唱とは。
まさか、フランコフが魔術師だとは思ってもみなかった。
「ロックロードナイト」
フランコフが詠唱を唱え終えたと同時に、水面から顔を出すように地面からゴーレムが顕現していく。フランコフはゴーレムの肩に乗り、初級の土魔法を使った僕に向けて、余裕の視線を送っていた。
その高さ、目視で十五メートル。
三階建ての家ほどの大きさを誇る像が、二本の足で堂々と地に立っていた。
「こちとら上級魔法だ。死にたいのならお望み通り殺してやるよ!」
ゴーレムが動き出し、ズン、と地面が揺れる。
その巨体を支える足で踏み潰されれば、確実な死が待っていることだろう。
「くっ……」
死を意識してぞくりと背筋が凍り付く。息が上がり、心臓の鼓動が聞こえてくる。
落ち着け。何も敗北が決まったわけじゃない。
殺らなければ、殺られる。それに、ルーシーも死んでしまう。たとえ相手がどんなモノを使おうと、こちらはただひたすらグランプを打ち込むことには変わらない。
たが、当初予定していた計画を少しだけ変える必要がありそうだ。
相手のゴーレムよりも、ずっと大きなものを作り上げねば。そのためには数回に分けてグランプを使う必要がありそうだ。
「グランプ!」
「グランプグランプ騒々しいわッ! 転倒を狙っているんだろうが無駄だ」
ぐぐぐ、とゴーレムの関節が軋みながら、右手を振りかざす。天高く持ち上げられた拳はトラックが風を切るような音を立てながら、明確な殺意と共に向かってきた。
質量の塊とも言える拳と直撃する寸前のところで、僕は横に飛んで回避する。
ガガン、と。
打ち下ろされた拳が地面と激突し、轟音とともに砂埃が舞い上がる。
まるで煙幕が張られたように舞い上がっていた砂が霧のように晴れると、そこにはえぐられた地面が残っていた。
だが、これだけでは終わらない。
二度、三度と幾度もなくゴーレムの拳が襲いかかってくる。僕はそれをすんでの所で回避しながらグランプを打ち込んでいく。
「無様だなぁ、おい。おとなしくジークを連れてこい。こんなことを続けても無駄だろう? それともこのまま続けるか?」
他人が見れば結果がどうなるかは火を見るより明らか。
「ああ、続けるさ」
だが、僕には秘策がある。
「馬鹿なやつだ」
それはお前だ、フランコフ。このまま油断し続けるといい。
「ひとつ、漫画のお約束を教えてやろう」
「マンガ? なんだそりゃ」
「デカブツはな、敗北フラグなんだよ!」
「何が言いたいのかわからねぇが、これでどうやって勝つつもりだ」
子供が砂場の山を崩すように、僕が積み上げたグランプを次々に壊していく。
「くそっ……」
あの壁を壊されてしまったらだめだ。
僕はゴーレムが破壊した土壁へグランプを重ね、修復する。が、その瞬間、ゴーレムの拳が真横から襲いかかってきた。
「しまっ――」
車にでもぶつかったかのような鈍い衝撃。
かなりの距離まで跳ね飛ばされて、地面を転げ回る。とっさの横飛びでいくらか衝撃は減衰させたが、それでも骨が折れたんじゃないかと思えるほどの激痛が体を襲った。
「ぐっ……」
巨大なデカ物相手にこのまま続けていたら、武器のない僕はそのうちひねり潰されてしまうだろう。だが――それは武器がないときの話。
僕の武器は完成間近だ。
創造を繰り返し、巨像よりもずっと巨大なものを僕はグランプで顕現させていた。
「……模様?」
どうやら、フランコフは異変に気づいたようだ。だが、今更気づいても遅い。フランコフが周りの状況を冷静に把握できていれば、僕の術中にはまることはなかっただろう。
僕はルーシーの居る場所をチラリと見る。そこには僕が
これですべての準備は整った。残すは龍の目を描き入れるだけ。
想像する。
嵌め込むべき最後のピースを。
「グランプ!」
僕がグランプを唱え終えた刹那、ゴーレムを中心に二百メートル四方に作り上げた土壁による陣が完成した。それは龍と対峙したときに作り上げた、あの陣だ。
「終わりだ! フランコフ」
右手を地面にかざしながら、唱える。龍殺しの魔法の名を。
「ライトニング・カノン!」
体が吹き飛ばされそうになるほどの爆風が吹き、天から降り注ぐべき雷が光の柱となって天空を突き抜けた。光の中でゴーレムが粉々になってゆくのが見え、後にはゴーレムだけでなく、フランコフのすがた形すらも残っていなかった。
龍相手の時とは違って断末魔もなく、木や草のざわめきだけが寂しげに鳴っていた。
緊張の糸が切れ、大きく息をつく。が、まだすべきことが残っていることを思い出し、ハッとする。
「ルーシー!」
慌てて駆け寄って、土を掘り起こす。
「ルーシー!」
再び呼びかけるも返事はない。
巨大な陣で作り上げたライトニングカノンは、僕の想像の遙か上をいく威力だった。ある程度離れていたとはいえ、あれではルーシーを巻き込んでしまったのではないか。
一心不乱に掘り進めると、ルーシーの姿があらわになった。
「よかった、息をしてる」
だが、まだ安心はできない。彼女は太ももに傷を負っている。
「ルーシー、起きてくれ。ルーシー!」
息はあるものの、目を覚ます気配がない。
「頼む、目を覚ましてくれ」
ルーシーが目を覚ませば、自分を治癒魔法で治せるというのに。
やむを得まい。とりあえず止血だ。
血と砂で黒くなっているローブの裾をまくり、膝の状態を確認する。と、医学知識が全くない僕でさえも、彼女の足に起きている異変に気づいた。
「治ってる……」
驚いたことに、傷口が塞がっていた。
魔法で直したのだろうか?
だが、安心はしていられない。ルーシーは昏睡したままだ。
「ちょっとの辛抱だから。すぐ船に連れて行くから」
僕はルーシーを背負うと、急いで船の方へと向かった。
船から歩いて十五分ぐらいの距離だったので、全速力で走れば五分ぐらいで着くはず。
意識のない人を担ぐときは、バランスがとれずに重く感じると聞く。
ルーシーは変わらず目を覚ましていなかったが、羽のように軽く、僕の足は難なく地を駆けてくれた。
そうして、距離の半分ぐらいを通過した時。事件は起こった。
ルーシーの足を支えていた右手が空を切り、ルーシーがずるりと落ちそうになった。これだけであれば、アクシデントでも何でもないだろう。
問題はここからだった。
「っと……」
太ももを持つ手が滑ったか。そう思いながら担ぎ直す。
ところが、おかしなことに右手が再び空を切ってしまった。
「……んん?」
立ち止まって、下を見る。
すると、驚きと戸惑いが同時に僕を襲った。
「え?」
先ほどまであったルーシーの右足。それが元からなかったように消えていたのだ。
何故? 何が起こった?
ズブズブと混乱の沼に沈み、どうすればいいのかわからなくなる。訳もわからず動揺していると、僕の後方に足のようなものが落ちているのが目に入った。
「あ……ぁあぁ……」
頭の中がぐしゃぐしゃになり、悲鳴も出なかった。これは何だ?
フランコフがナイフで刺されたとき、何かしたのか?
それとも、今何か攻撃を受けたのか?
「何だよこれ……」
わからない。わからない。わからない。
千鳥足になりながら、道ばたに落ちているそれに近づいていく。嘘だと思いたかったが、白いソックスと青い小さな靴が一緒に見えて嫌でもわかってしまう。これは紛れもなく、人間の――それもルーシーの足だった。
だが、不思議なことにその足にはグロテスクな切断面がなかった。まるで蝋でできた足が溶け落ちたかのような状態で、そんな奇妙さが現実味を薄めていた。
「ごめん、確認させてもらうよ」
謝りながらルーシーを地面に寝かせ、裾を大きくまくり上げる。
こちらの方も元からなかったかのように切断面もなく、太ももから先が熱した飴細工みたいに溶けた状態だった。残った太ももにはそれなりの血が付着していたが、これは先ほど刺されて流れたものだろう。
何が起きているのかはわからないが、原因を考えるのは後回しだ。
出血がないところを見るに、命に別状はないだろう。それに、これならば治癒魔法や手術で足をくっつけられるかもしれない。
僕はルーシーを担いでから、球体関節人形のパーツみたいな足を拾い、先ほどよりも速いスピードで走り出す。
生い茂った木々を抜け、視界が開けたところで船が見えた。
「後もう少しだから」
意識のないルーシーに言い聞かせるようにつぶやき、足を速める。
船まで目と鼻の先、といったところで船から出てくるシャーテの姿が見えた。
「シャー姉! 助けてくれ!」
精一杯の声で呼び止める。
シャーテもこちらに気づいたのか、慌てた様子で駆け寄ってきた。
「ヤダ、ちょっと、血だらけじゃない。どうしたのよ!?」
「そうなんだ。早くルーシーを」
ルーシーを降ろすと、ぽたりと地面に向かって赤いしずくが滴った。
「…………?」
ルーシーは降ろしたというのに、血が垂れてきて頭にハテナが浮かぶ。よくよく確認してみると、それは自分の頭から流れているものだった。
「あれ……」
今まで気を張っていたからか、全く気づくことができなかった。
自分の血。
それに気づいてしまった瞬間、足の筋肉がふっと弛緩するのを感じた。
この感覚は知っている。
これは――そう。
僕がこの世界に来る直前にナイフで刺されたあのときと一緒だ。
膝がガクンと折れ曲がり、僕は何もない場所でステンとずっこけた。
「レイン君? レイン君!」
倒れたことがとどめになったのか、気までもが抜けてしまう。
視界がだんだんと歪んでいき、ついには意識までも遠のいてしまった。
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