ヒロインをラスボスにはさせない ~転生したら自分が描いていた漫画の主人公だったので、死ぬ予定の仲間を全員救う~

エンジニア㌠

星幽旅団入団編

01:フォーカード



 ――ネットで殺害予告を受けたことはあるだろうか。



 殺害予告を受ける理由なんてものは沢山あるが、僕の場合は漫画が原因だった。

 何も理由も知らない人が聞けば、漫画が原因で殺害予告? と思うかもしれない。

 正直、僕も殺害予告まで届くほどに大事になるとは、全く思っていなかったのだ。


 それで、僕が殺害予告を受けるようになったワケ。

 それを説明するには、『フォーカード』という漫画から話さなければならない。


 フォーカード。


 内容は王道の剣と魔法のファンタジーで、単行本は既刊二十四巻。

 累計発行部数は七千万部を超え、今話題の漫画として真っ先に挙がる作品だ。


 作者は川瀬彰かわせあきら

 この僕だ。


 それがどう転じて殺害予告を受けるに至ったのか。

 最初に断っておくけれども、僕は決して悪いことをしたワケじゃない。


 問題はその漫画の結末だった。

 端的に言えば、ヒロインがラスボスになる展開をやったのだ。


 自我を破壊の神の力に侵され、破壊と殺戮を始めたヒロインと対峙する主人公。

 更にはヒロインが『終焉をもたらす扉』を召喚してしまったことにより、主人公は世界の滅亡を待つかヒロインを殺すかの二択を迫られてしまう。


 いったいどうしたらいいのか。主人公はそんな葛藤に苛まれている最中。

 ヒロインは最後の理性を振り絞って、主人公に殺して欲しいと懇願する。


 主人公は涙ながらにヒロインの想いを汲み、剣を彼女の胸に突き立てた。

 そうして、世界は平和を取り戻した――という結末。


 どうも、その結末を読者は受け入れてくれなかったらしい。


 SNSや掲示板、出版社に届く手紙には僕の本名に添えて殺すという文字が書かれ、更には海外から『Kill your familyお前の家族を殺す』という光栄なファンレターまで送られてくる有様だ。


 世界的に有名な探偵が滝から落ちた時には、作者のもとに脅しの手紙が山のように届いたと聞く。

 その作者と僕を比べるのはおこがましいが、彼もこんな気持ちだったのだろうか?

 だが、僕は別に筆を置きたくて殺した訳では断じてない。


 僕は初めからこの結末を描こうと筆を執ったのだ。

 ハッピーエンドではない結末を。


 僕の作品の世界は子供の時から夢想していた物語で、描こうとする情熱はあったけれども特に売ろうと思って描いていたわけでもなかった。

 けれども、予想に反して七千万部も売れてしまったものだから、今回に至ってしまったように思う。


 とまあ、今の僕はそんな状況なのだけれど、そのうちこの熱も冷めるだろう。

 ……多分。

 とにもかくにも、僕は漫画を書き終えたのだ。


 編集から救いのある続編を書かないかと話を持ちかけられているが、今後のことについては特に考えていない。描く気もない。


 描く気もない、のだが――何かすべきことがあるんじゃないかと思えてしまい、パソコンを立ち上げて、液タブのペンを握っている僕がいた。


 いつもは締め切りに追われながら朝から晩までネームを描いたり筆を入れたり、担当と打ち合わせだの何だのと忙しかった。が、こうして時間ができると暇で暇で仕方ない。


 さてどうしようかと作業場で一人、椅子に深くもたれかかる。

 くるりと椅子を回転させて後ろを振り返ると、アシスタントが座っていた席が西日に照らされて寂しげにぽつんと空いていた。


「静かだなぁ……」


 感傷に浸ってぼーっとしていると、ポケットの中のスマホがぶるりと震えた。

 振動が一回だけなので何かの通知だろう。


 ボタンを押してスリープから解除すると、メッセンジャーアプリからの通知が画面に表示された。


『今夜暇か? 暇なら秋葉原に来い。奢るぞ』


 それは、他雑誌で連載を続けてる先輩漫画家、梅木さんからの連絡だった。



         ◇



 梅木さんに炎上騒動の愚痴を零しながら呑み続け、秋葉原の昭和通りにある居酒屋を出たときには、はらはらと雪が舞っていた。

 まだ地面が白くなっていないことから、降り始めたばかりのようだ。


 空を見上げていると、フォーカードのビル広告を見つけてしまった。

『レインとセレネの旅、堂々完結――』

 という文字と一緒に、主人公であるレインとヒロインのセレネが描かれている。


 あれは以前、僕がイベント用に描き起こした絵だ。

 絵を見ていると、なんだか炎上のことを思い出してしまって、僕は下を向いた。


 僕は秋葉原から自宅まで地下鉄だが、梅木さんはJRを使っているらしい。

 彼は電車が止まると嫌だからタクシーに乗ると言うので、僕らは店前で別れることになった。


 そういえば今朝ニュースで雪が降るって言っていたっけか。若い女性のキャスターが、クリスマスシーズンに都心で雪予報が出るのは五年ぶりだ、なんて言っていた。


 クリスマスと言えば、フォーカードの最終巻は年末から年始にかけての商戦に合わせる形で刊行する事になっていた。

 漫画を読む読者の中には、連載時は追いかけず、完結してから購入する人も少なくない。その人達を考慮してのことだそうだ。


 そんな中でのこの炎上騒ぎで、僕の担当編集の島崎さんは宣伝になって売れるかもーとヘラヘラ笑いながら言っていたが、彼の胃には穴が空いていたに違いない。

 ハァ、と僕はため息づく。

 何でもかんでも炎上に繋がってしまうな。もう忘れよう。


 僕の家は秋葉原駅から日比谷線で三つめの茅場町で降りて、そこから東西線で一つ先の門前仲町にある。

 駅周辺の商店街から七、八分ほど歩いた先。

 マンションではなく、築二十年の古い一軒家なのだけれど、結構満足している。


 家に着いた頃、時計の針は二十一時を指していた。

 いいかんじに酔っていて、足下がおぼつかない。

 そのままベッドに入り込みたい気分だったが、その前に風呂だ。眠りたい気持ちを押しつつも、風呂釜のスイッチを入れる。


 風呂が沸くまで暇だなぁ、かといってネットを見るのもなぁと思った時だった。

 ピンポーンと、家のチャイムが軽快に鳴り響いた。


 こんな夜遅くに誰なんだか。

 宅配だろうかと思いつつドアホンの液晶を見るも、玄関前の景色が見えるだけでカメラには誰も映っていなかった。


「はい」

『郵便です』


 郵便? こんな時間に?

 雪も降っているというのに、配達員の人も大変そうだ。


「後で取りに行くんで、郵便受けに入れておいてください」

『書留なんで印鑑かサインが必要なんですよ』


 出版社からだろうか。


「ちょっと待っててください」

 シャチハタを机から取り出し、玄関へと向かう。

「はい」

 扉を開ける。

「へ?」


 一瞬のことで何が起きたのかわからなかった。

 玄関扉を開けたら男がぶつかってきて、凄い勢いで走り去っていったのだ。

 急なことでポカンとしていると、いきなり横腹に激痛が走った。


「ぐっ……」


 体をくの字にして下を見ると、


「ああぁあああああああ!?」


 ひどく混乱した。

 強盗? いや、でも部屋には入ってきてない。


 膝の力が抜け、壁に倒れ込んだ時にふと思い出す。

 あの男の服装。

 あれはフォーカードのグッズTシャツだった。


 居酒屋でこぼした愚痴を聞かれて、つけられていたのだろうか?

 秋葉原で呑んでいたので、ファンがいてもおかしくない。

 わからないが、殺害予告を実行してくる奴がいるだなんて。どうかしている。


 血に染まった服のポケットからスマホを取り出す。

 気づけば、僕の手にはべっとりと生ぬるい血がついていた。それがスマホのタップを邪魔してきたが、なんとか救急をコールすることができた。


「消防ですか? 救急ですか?」

「ナイフで……刺されて……」


 なんとか声を出すも、激痛で途切れ途切れになってしまう。


「場所は言えますか? 近くに見えるものとか」

「自宅です。永代にあるニューイーストマンションの向かいの一軒家です」


 番地を言えば良かったと思うも、もう喋られそうにもない。


「今から救急車で向かいます。このまま話せそうですか?」


 廊下の床にごろんと倒れ込む。

 深く、暗い、水の底に落ちていくような、そんな感覚の中。

 なんとか意識を保ったまま天井を眺めていると、ぬっと人影が差し込んだ。

 女の顔だ。救急だろうか? 雪が降っていたというのに妙に早い。

 時間の感覚も失っているのだろうか。


「まったく、ひどい結末だ」


 哀れみを帯びた視線を向けて、女はそう呟いた。


「なにが――」


 ひどい結末だ。漫画のことか?

 僕は落胆した。

 死にそうな時に見る幻影すらこんなことを言ってくるとは。心が疲れ切っている。


「どうすればいいか、しっかり考えたのかい」


 アレは考えた上での結末だよ。

 僕がもう話せる状況にないことに気づいたのか、女は大きくため息をついた。


「約束は守って欲しかったね」


 約束? 何の話だろうか。

 僕は死にかけているというのに、彼女のことが気になって仕方がなかった。

 なぜか彼女の双眸には涙が貯まっていて、悲哀に満ちた表情を浮かべていたのだ。


「嘘つき」


 彼女は僕に向けてそう告げて、僕の事をじっと見下ろし続けていた。

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