02:ルームメート

「団長、浮かない顔してどうかしたの?」


 眉をハの字に曲げたジークに、ルーシーが心配そうに声をかける。


「困った困った」

「急になんです?」


 元々ジークは大酒飲みだったが、この姿になってからはルーシーと同じく子供舌で酒が飲めなくなった。

 なので、今はシラフなはず。

 困ったと連呼されても、こちらが困る。


「レイン。お前の寝所がない」

「えっ、二十九部屋も寝室があるのに?」


 フォーカードでの団員の数は二十七人。見覚えのないアーマンを加えたとしても、一人一部屋にできるはず。それに、劇中のレインは個室を持っていた。


「よくそんなことを知ってるな。団員のほとんどが覚えてなさそうなのに」

「あ、えっと、この大きさの飛行船なら、それぐらいあるのかなぁと」


 しまった。

 フォーカードの設定は大体記憶しているので、ボロを出してしまった。


「適当にしては、半端な数字をぴったり言い当ててるんだが」


 ジークは怪訝そうな顔をするも、これ以上の追求はしてこなかった。


「部屋はいっぱいあっても、あいにく空き部屋は全部倉庫代わりにしていてな。ほかに寝られそうな場所といえば病室ぐらいしかない」


「カインズが燃費が悪くて仕方ないから積み荷を早く捌けって言ってた」

「あの爺さんはこの船のことしか考えてないからな。黙って機関士の仕事だけしてりゃいいものを」


 ジークは僕のトレイにあった蜂蜜水を勝手に取ると、豪快に飲み干した。


「ちょっと、それ僕の……」

「ぷはぁー。んで、話を戻すが、誰かと相部屋にするしかないんだが、どうするか」


 無視かい。団長だからって自由すぎる。


「副長の部屋は?」


 ルーシーの問いかけにジークは首を横に振った。


「断らないと思うが、部屋が本だらけだろ。狭いし、船が揺れたら本の下敷きだぞ」

「それは困るな」


 本と心中するなんて一度きりで御免だ。


「ドラちゃんの部屋は?」

「バトラーの部屋以上に危なくないか?」

「ドラちゃんなら平気。ルーシー友達」


 ドラちゃん? 誰のことだ?

 脳内の設定資料集で検索をかけるもドラの文字が付く団員はヒットせず、国民的キャラクターの愛称を思い浮かべてしまった。


「ドラちゃんって?」


 誰のことなのか気になったので口を挟む。


「名前がわからないから、ルーシーが勝手にそう呼んでてな。違うのに」

「名前がわからない?」


 どうして、ジークですら名前を知らない奴が船に乗っているんだろうか。


「コミュニケーションを全く取らないから、誰も名前を知らなくてな。アルラウネなのに、ルーシーはドライアドのドラちゃんって呼んでるんだよ」

「アルラウネって、女の子じゃないか!」

「うん」


 ルーシーがあっけらかんと頷く。

 ジークは僕のツッコミにぽかんとして、それからクツクツと笑い始めた。


「お前さん、性別よりもっと気にするべきところとかあるだろ」

「えっ?」

「女以前に魔物だぞ」

「確かに」


 言われてみればそうだ。魔物と言われると、途端に不安になってくる。


「そうだな。面白そうだから、レインはそこで決定」

「つまらない冗談はやめてよ」


 …………アレ?

 軽口を言い合ったつもりでいたのだが、変な間が。


「冗談だよね……?」

「いや、本気だが?」


 ――と、こんな感じで僕の部屋とルームメイトが決まってしまったのだった。


 アルラウネと言えば、大昔の創作物でも出てくる女性の姿をした植物の魔物だ。それはフォーカードの世界でも変わりないようだが、僕は彼女を描いたことがない。なので、僕は彼女のことを何一つ知らない。


 ジークの言うとおり、彼女はコミュニケーションを全く取らない種族のようだ。この部屋に入って、手始めに彼女へ挨拶をしてみたが、一切の返事がなかった。

 僕は入り口の近くで立ち尽くし、これからどうしたものかと次の行動を考える。部屋には二段ベッドと机と椅子しかなく、出来そうなことも少ない。


 僕は近くにあった椅子に座り、改めて部屋の隅でじっと立っている彼女を見た。

 魔物というので、どんな格好でいるのかと思えば、服は普通に着ていたのでひとまず安心だ。

 頭にはリボン――ではなく、よく見れば二枚の葉っぱが頭から伸びている。加えて、彼女の足は普通の人間と違い、膝から何本もの木の根やツタが絡み合うようにして生えていた。


 男を誘って捕食する魔物なだけあって、膝から上だけ見れば美少女と言ってよく、全く話さず憂いだ瞳をしたその姿は、物静かな深窓の令嬢を思わせる。

 このまま黙ってじっとしていたら、餌と間違われてしまうのではないか。そんな心配が頭をよぎり、僕は席から立ち上がって再び話しかけた。


「僕はレイン。なんか団長に一緒の部屋にされちゃって。これからよろしく」


 おずおずと右手を差し出すも、彼女はこちらをチラリと見ただけだった。


「……ちょっと馴れ馴れしかったかったかな、ゴメン」


 僕は行き場を失った右手をゆっくりと引っ込めて、ごまかすように頬を掻いた。


「名前はドラさん? で、よかったかな?」


 言葉が理解できていないのかと思えば、この言葉に彼女は反応を示した。

 僕がドラさんと言った瞬間、無表情だった彼女が口を尖らせたのだ。

 表情を察するに、ルーシーが付けた名前はお気に召していないようで。

 友達とは何だったのか。


「えっと、ダメかな」


 問うと、驚くことに彼女は小さく頷いた。

 一応、意思疎通をする気はあるらしい。


「それじゃあ、なんて呼べばいいのかな」

「…………」


 返ってきたのは沈黙だった。

 それから、何度かこちらから話しかけてみるも、どれもこれも全くの無反応で、早くも僕は音を上げていた。

 無視はされてはいないのだろうが、反応がないのは辛すぎる。


 さっきの頷きは、たまたまそう見えただけだったのか?

 どうして彼女がこの船に乗っているのか、余計にわからなくなってきたが、ジークのことだ。面白そうだからとか、適当な理由で許可しているに違いない。


 それからしばらく。

 アルラウネの彼女は特に動くこともせず、僕をじっと観察しているようだった。

 僕の方も何もすることがなく、かといって彼女に話しかけても返事がない。


 これからどうしようか考えようにも、彼女にじっと見つめられていては考えもうまくまとまらない。これなら廊下にいる方がまだマシにも思える。

 何か、気を紛らわせることはないだろうか……。


「あっ」


 十畳ぐらいの部屋を見回していると、机の上に目が留まった。

 そこには紙とペン、瓶詰めのインクがあり、一通りの筆記具が揃っていた。

 ペンを手に取り、感触を確かめる。

 少々独特なガラスのペンだったが、使う分には問題はないだろう。


「さて、と」


 床に紙を広げ、筆を執る。

 もし、フォーカードに彼女がいたら。そんなことを考えながら。

 彼女はその場からあまり動かないので、僕にとってはよい被写体だった。

 見たままの姿を、僕は紙へ落としていく。


 使い慣れていないペン一本での作業だったが、特に苦ではなかった。フォーカードのペン入れはデジタルではなく、アナログでやっていたので慣れている。強いていうならば、部屋の明かりが魔導具の照明で、現代と比べてやや暗かったことだろうか。


 しばらくして、僕は彼女を描き上げた。

 レインになった影響か、剣の扱いとは逆に身体が知識に追いつかず、デッサンが若干狂ってしまった。


 それでも、それなりに満足のいく絵を描くことが出来たと思う。

 この出来映えなら、普通の人が見れば上手いと思うはずだ。

 そして、絵の余白に僕のサインを書こうとして、手を止める。


 僕が彼女の絵を描いたのは、フォーカードに登場していないからだ。ただの自己満足だが、星幽旅団に居ながらにして、一度も描かれていないのは不憫に感じてしまったのだ。


 ならば、この絵は彼女の名があって初めて完成するんじゃなかろうか。

 そこで僕は彼女の名前を考え、紙の余白に『Plan』と書き足した。


 植物のプラントから取ってプラン。

 安直過ぎるし、女性名になっているかどうかもわからない。

 けれど、アルラウネである彼女にぴったりの名前だと僕は思う。


「これ、君を描いたんだ」


 出来たての絵をアルラウネに見せる。


「それと、僕のわがままかもしれないけど、君って呼び続けるのもどうかと思うんだ。そこで、プランって呼びたいんだけど、どうかな……っと」


 呼び名について訊ねると、僕の手からひったくるようにツタが用紙を奪い去った。

 気に入らずに、怒ってしまったのだろうか。

 破かれてしまうかと思ったが、アルラウネはそうしなかった。どちらかというと、興味があるようにじっと用紙を見つめている。


 程なくして、彼女は絵に興味を失ったのか絵を壁に宛てがった。何をするのかとそのまま眺めていると、白磁のような肌をした手から小さい木片が飛んでいき、ドスリと音を立てて紙に突き刺さった。


「……ッ!」


 ――これが次のお前の姿だ。

 そんな警告を受けたのかと感じたが、その直感は違っていた。

 アルラウネは紙が床に落ちないことを確認すると、用紙を支えていたツタをそっと離した。木片は紙の上あたりに刺さっている。


 急なことでギョッとしてしまったが、その一連の行動を見るに、彼女はこの絵を壁に飾ったようだった。

 魔物らしく飾り方がワイルドだったが、どうやら気に入ってくれたらしい。


「それじゃあプランって呼んでもいいかな?」


 念を押すと、彼女は魔物とも思えない無垢な瞳で僕と絵を交互に見つめ、それからゆっくりと頷いた。

 やはり、ドラと呼んだ時に見た頷きは見間違いではなかったようだ。

 その様子を見て、僕はほっと息をつく。


 ジークから魔物だなんだのと脅されたが、この様子を見る限り大丈夫じゃないか。

 害もないし、静かにしてるし、何しろかわいい。何ら問題ない。

 ――その楽観的思想は誤りだったと、消灯時間時に思い知らされることとなる。

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