03:決意
「ね、眠れない……」
二段ベッドの上から下を見ると、プランの赤い瞳が猫の目みたいに暗闇の中で光っている。彼女は下のベッドに入らず、立ったままじっと僕の方を見続けていた。
正直に言って、怖い。
悪気はないんだろうなぁ。多分だけど。
そもそもアルラウネって、睡眠をとるのだろうか?
思い返せば、枕や毛布が少し埃っぽかった。それを踏まえると、彼女は普段からベッドを使っていないんじゃなかろうか。
「ああ、もう!」
変な好奇心が沸いてしまい、全く寝ることができない。とはいえ、たとえ一人だったとしても、寝られたかどうか。
何せ、この世界に来た原因すらわからないのだ。
「なんでフォーカードの世界なんだろうなぁ」
結末の内容にバッシングを受けて、心のどこかで逃げ出したい気持ちがあった。
そんなことを考えてしまったが故の罰か。
作品のファンに刺されて死んだかと思えば、フォーカードの世界に転生し、解放されることなくフォーカードと向き合わされてしまっている。
それも、その辺の人とかではなく、ピンポイントで主人公のレインときた。
これを皮肉と呼ばずして、何と言おう。
ため息一つ。
この謎を解き明かす鍵は、この世界に必ずあるはず。
それは作者の僕でも知らない何かなのだろう。アスタロットや龍時雨、今いるプランだってそうだ。今日一日だけでも、僕が知らないことばかりだった。
僕一人で考えて、答えの出る状況にないことは明白だ。
僕はベッドから起き上がり、梯子を伝って下へ降りる。
「ちょっと夜風に当たってくるよ」
もちろんプランからの返事はない。だが、こうして言葉を発して話せる相手がいるというのは心が安まる。たとえそれが返事をしない相手だとしても。
部屋から出て、デッキへと向かう。
腰を落ち着けそうな場所を求めて、夕食時にルーシーといた場所に再び行くと、人の気配を感じた。どうやら先客がいるようだ。
「こんな時間にどなたですか? とっくに消灯時間は過ぎてますよ」
夜目で姿はわからなかったが、話し声から誰かわかった。
「おや、レインさんですか。どうかされましたか?」
やはり、バトラーだった。
「ちょっと寝付けなくて」
「聞きましたよ。アルラウネと同室にされたのが原因ですかね? やれやれ、あの団長は思いつきで人を困らせるんですから……っと、どうぞお掛けください」
僕は軽く会釈をして、僕はバトラーの隣に座った。
「それもありますが……。どちらかというと、新しい環境で緊張してしまって」
バトラーの耳にはこの団のことのように聞こえただろう。
だが、実際のスケールはもっと大きい。なにせ、世界レベルだ。
「そういうことでしたら、眠くなるまでお話し相手になってくれませんか」
「ええ、喜んで」
「ありがとうございます。普段、見張りは二人以上でやるものなんですが、龍の解体で結構な人員が出払っていて、私一人なんですよ」
「解体って、夜通しやるんですか」
「龍の素材を入手する機会は滅多にないですからね。この辺りは魔物もいますし、放置すると何があるかわかりません。早々に処理してしまおうというわけです」
なるほど。言われてみれば確かに、宝を放置するようなものだ。
「バトラーさんはここで何を?」
「私ですか? 見張りの当直ついでに読書ですよ」
「読書? こんな暗いなかでですか?」
そもそも見張り中に読書はどうなんだと思うも、バトラーなら気配を察知することぐらい朝飯前だろう。それぐらい彼は強い。
「読書と言っても、字は読んでませんから。暗記したモノの復唱です」
「え、じゃあなんで本を持ってるんですか」
「私は本が好きですから」
まるで答えになっていない。いや、なっているのか?
「そういえばレインさんはおいくつなんですか?」
「十七です」
と、いうことになっている。
ジークみたいに外見年齢はハリボテで精神年齢は二十六だ。
しかも、フォーカードの世界は元の世界より一年の長さが少し短く、数え年で年齢を数えるので換算すると三十近いだろう。
「どうりで、お若そうだったわけだ。私が三十四なので丁度半分ですね」
「ですから、丁寧に話してくださらなくても良いですよ」
「これは私の性分みたいなものです。それで他人行儀だとよくからかわれますが」
バトラーは恥じらいを帯びた口調で言った。
「僕はからかわないですよ」
「フフッ、うれしいことを言ってくれますね」
ふっと会話が途切れ、静かになった。
無言の時間に身をゆだねてぼんやりしていると、バトラーの本に目がとまる。
「変な質問なんですけれど」
「何なりとお訊きください」
「もしバトラーさんがその本の世界に入って主人公になったら、どうしますか?」
僕がそう問うと、バトラーは横に置かれた本を見て、クツクツと笑い出した。
「変な質問でしたよね」
「いえ、すみません。決して馬鹿にしているつもりはないのです」
バトラーは本に手を乗せて、
「こちらの本は空想を綴ったものではなく、戦術論の本です」
「戦術論……」
どおりで笑われたわけだ。
暗記したモノの復唱というので、てっきり何かの物語だと勘違いしていた。
「物語の本も私は読みますよ。以前、演劇の元になった本を読みましたし」
「どういう話なんですか?」
「よくある悲恋ものですよ。演劇の方はかなりの人気だと聞いていたので、楽しみにしていたんですが、私にはあまり」
その本が心に響かなかったと、バトラーの表情からも見て取れた。
「ラストが悲劇だったからですか?」
「いえ、単純につまらなかったです。どうしてアレが持て囃されてるのか……」
「だいぶ直球な感想ですね」
つまらないかどかはさておき、悲劇を書いて持て囃されるとはずるい。
「結末を知っている上で主人公になったら、バトラーさんはどうしますか?」
「知っている上でその主人公になったのなら、抗いますよ。悲劇は嫌ですから」
「そう、ですよね」
「レインさんはどんな本が好きなんですか?」
「僕の好きな本は――」
それは、舞台は剣と魔法の世界。
国から逃げ出したお姫様を連れて、旅する物語。
そして、お姫様は最後に死んでしまう。
ハッピーエンドではない、救いのない物語だ。
「なるほど。レインさんも意外とそういう話を好まれるのですね」
好むというか、作者は自分なので当然だ。
「レインさんが、その主人公になったらどうされますか? お姫様を救いますか?」
こうしてバトラーと話せて良かった。
ごちゃごちゃと考えなくても、僕の中でやるべき事は既に固まっているのだ。
「ええ、もちろん」
僕は力強く頷く。
お姫様のセレネだけじゃない。死ぬ予定の仲間は全員救ってやるんだ。
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