07. なんで会話が成り立ってるんだよ!
ジークは肩をがっくりと落とし、廊下をとぼとぼ歩いていた。
「団長!」
肩を掴むと、ジークはビクッと身を震わせてこちらを向いた。
「レ、レイン!? フンッ、連れ戻しに来たって無駄だ。俺様は戻らないからなっ」
「違うって」
僕はポケットから封筒を取り出し、ジークに差し出す。
「団長がお金を忘れていったから」
「あ、ああ。置き忘れていたか」
忘れ物で追いかけてきたとは思ってもみなかったのか、ジークは意表を突かれた顔をしていた。
「あとこれも」
さらにポケットから、帯のついた札束を差し出す。
「なんだそれは」
「さっきの勝負の勝ち分。団長に返すよ」
百枚の百ダナス札が帯でまとめられているので、合計一万ダナス。
先ほどの勝負のポットは二万ちょっとなので、ジークが賭けた分ぐらいにはなっている。
「それはお前さんが勝った分だ。俺様が受け取る義理はない」
「別にお金が欲しくてやってたわけじゃないからさ」
そう言うと、ジークはピクリと眉を動かした。
「じゃあ何のために参加したんだよ」
団長命令で参加させたからじゃないか、と言いそうになったがぐっと堪える。
別に僕は喧嘩をしに来たわけじゃない。
「それは、みんなと遊ぶために……かな」
「フンッ、遊び気分の相手にここまで負けるなんて、ダサいたらありゃしないな」
僕はジークの手に無理やり札束を押し付けると、彼女の目をまっすぐ見て言った。
「お金よりも大事な話があるんだ」
「……後悔するなよ」
ジークは僕の手から札束を引ったくるように取ると、服のポケットにねじ込んだ。
「話ってのは昼間に言ってたやつか」
「うん」
真剣な面持ちでうなずくと、ジークは大きくため息をつき、
「そんなに大事なのか。その話は」
「これからのことと関係があるんだ」
「わかった。ここからだと、レインの部屋が近いな。そこで聞こう」
てっきり団長室で話し合うと思っていたのだが、僕の部屋で話すのか。
部屋にはプランがいるのだが……まあ、いいか。
僕が大事な話と言ったからか、ジークは僕の部屋に入るとドアに鍵をかけた。
「それで、話って何だ?」
案の定、部屋にはプランがいたが、彼女は喋らないので口の堅さは約束されている。
「結構長くなるけど、良いかな」
「なら、そこに座らせてもらおうか」
ジークは部屋に置かれた椅子を指さした。
「うん。大丈夫」
僕は二段ベッドの一段目に腰掛け、対面に座るジークを見た。
「あの時の賭けって有効だよね?」
「何でもするって言ったやつか? やれやれ、お前さんには負けっぱなしだな」
ジークは肩をすくめて苦笑した。
「それで、聞いて欲しい話があるんだ」
「これからのことと関係がある話、だったか。だが、それと俺様が言うことを聞くってのはどう繋がるんだ?」
「……僕の話を聞いても、これからすることを絶対に取りやめないでほしいんだ」
声が震える。
この願いは仲間を死地へ追いやるのと同じことだ。
だが、そうしなければ事態はより悪い方へと転がってしまう。
「あと、これから僕が言うことを、信じてほしい」
「願いは一つだけの約束だったがな」
「うっ……」
確かにそうだ。
「それじゃあ、僕の話を聞いても取りやめないでほしい」
「信じるか信じないかは任せるって訳か。いいだろう。話せ」
いざジークを前にして語るとなると、言葉が喉に引っかかって出てこなかった。
部屋はしんと静まっている。
それが重たい空気に感じられ、心理的ハードルがどんどん高くなっていく。
「どうしたんだ?」
急かす、というよりは不思議そうなトーンで問いかけられる。
慌てて考えを声に変えようとしたそのとき、プランのツタが僕の肩をちょいと小突いた。
「プラン……」
僕を気にかけてくれているのかと暖かな気持ちになったが、どうも様子が違う。
この様子は――
「え? これから日光浴に行くの?」
こくり。
「そろそろ日が暮れるよ? 更衣室で着替えもするからついでだって?」
こくり。
「お風呂場での水浴びはやめた方がいいかな。そろそろお風呂の時間になるし」
こくり。
「鍵は持って行ってね。僕も部屋を出ちゃうかもしれないし」
プランは再度頷くと、根っこを這わせてムーンウォークみたいに滑りながら僕の部屋から出て行った。
普段なら、こんな時間に日光浴に行くことはない。部屋の外に出て行くこともあるが、そういうときは大抵、廊下やデッキの掃除をしている。
もしかしたら、僕たちに気を使って部屋を出て行ったのかもしれない。
プランに話しかけて貰えてよかった。おかげで気が楽になれたように思う。
「それで、話だけど――」
「いやいやいや、ちょっと待て」
「うん?」
改めて話に入ろうとしたところで、ジークに遮られた。
「なんで会話が成り立ってるんだよ!」
ジークからツッコミを受けて、僕は苦笑する。
自分でもおかしなことをしているという自覚はあった。
「なんとかコミュニケーションとれないかなと、プランのことをよく見て、繰り返し話しかけていたら、なんとなくわかるようになったんだよ」
いきなりわかるようになったわけではなく、繰り返し話しかけるうちに段々とわかるようになったのだ。今では多少の日常会話程度ならこなすことができる。
「なんとなくって……、かなり具体的な会話をしてた気がするんだが」
「あれぐらいだったら、頭の上の葉っぱの動きとか、表情とかでわかるよ」
「普通わからないだろ……」
「団長もプランに近いし、団長ならわかるようになるよ」
ジークはエルフ族で、その中でも更に珍しいハイエルフ種だ。
エルフには男性がいるが、ハイエルフは女性しかいない。
女性しかいないのにどう増えるのかというと、ハイエルフはマナを溜め込んだ大木から生まれる。故に、ハイエルフは人族よりも
ちなみに、エルフを含む他種族とハイエルフが交わった場合は、生まれてくる子供は片親が誰であろうと必ずエルフになる。
そのため、この世界で一般のエルフといえば、ハイエルフの血が半分流れている人種を指す。ハーフエルフと呼ばれている者ももちろんいるが、ハーフではなく実際にはクォーターだったりするのでややこしい。
「この話の流れでそのことを突きつけられると、なんだかモヤモヤするな」
ジークは扉の方へ向かうと、プランが開けていった鍵を再びかけた。
「それで話なんだけど……」
椅子に座り直したジークの目を見据えて、改めて僕は切り出した。
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