08. 信頼

「僕は元々この世界の人間じゃないんだ」


 続けて僕は説明を続ける。


 こことは別の世界で川瀬彰として生きてきたこと。

 そこでフォーカードという漫画を描いていたこと。


 川瀬彰は死んでレインとして生まれ変わったこと。

 フォーカードはこの世界が舞台であるということ。


 ジークやバトラーといった団のみんなやセレネが描かれているということ。

 さらには、フォーカードの主人公が僕であることも包み隠さず話していく。


「少しいいか」


 そして、フォーカード通りに事が進もうとしていることを話している途中で、ジークが口を挟んだ。


「今の説明を聞いて、今日までのお前さんの言動や、シャーテが知らない魔法を知っていたりと腑に落ちることはある。……が、さすがに信じられないな。お前さんの妄想ってことはないのか」


 妄想じゃないかと言われてしまうと、かなり苦しい。

 回答が出せず、黙ってしまった僕に対してジークは、


「よし。ならこうしよう。お前さんが書いていたそのフォーなんちゃらってのに、俺様が出てくるんだよな?」


 信じてほしい一心で、僕は強くうなずく。


「今、俺様しか知り得ないことを、そこに書き記していたりはしないのか?」


 ジークは漫画を小説かなにかと思っているようだが、それはともかく。

 今のジークにしか知り得ないこと、か。

 それを言い当てれば信じようってことのようだ。


 だが、今のジークにしか知り得ないようなことなんであっただろうか? 

 今後の予定なんかは常に団員に共有されてるし、ジークは裏表のない性格なので、隠し事なんて――


「……あ」


 一つだけあった。

 劇中ではギャグとして描いたのだが、果たしてこの世界にもあるのかどうか。

 ルーシーがホムンクルスであることを描いていなかったり、シャーテやアスタロットがいたりしていることから、間違っている可能性もある。


「当たっているかどうかわからないんだけどさ」

 他に思いつかないので、保険の前置きを付けて言うことにした。

「団長室のクローゼットの……」


 ジークの様子を窺いつつ、ここで言葉を句切る。

 すると、ジークは首をかしげ、


「クローゼット?」


 外したか?

 しかし、ここまで言いかけてしまったら最後まで言い切るしかない。


「……奥にある紙袋の中に、ワンピースを隠してる」


 それも、フリルのついためちゃくちゃ可愛いやつが。


「なっ……、ななな、なな……」


 ジークは魚みたいに口をパクパクさせながら、ふらふらとこちらに向かってきた。


「なぜそれを知ってる!?」


 がっちりと首根っこを掴まれ、ぐらぐらと揺らされる。


「ちょっ、団長。苦しいって」


 力の入れ具合がしゃれになっていない。


「お前さんを、今、ここで、始末する」

「ストップストップ、誰にもいわないから、ホント。死ぬって……」


 ジークは力なく手を離し、がくりとその場に膝をつく。


「う、ぐぐぐ……うぅううううう~~」


 先ほどのドロークロウで大敗した時以上の項垂れようだ。

 両手両膝を地面につくポーズをリアルでやっている人間を初めて見た。


「あれを、見たのか?」


 ジークはそのままの姿勢で、この世の終わりみたいな声を出した。


「見てないよ。今は見てないから。……これから見ることになるかもだけど」


 そう言うと、ジークはガバリと立ち上がって、今度は僕の肩を掴んだ。


「一体、何が起きる?」


 どうやら信じる気になったらしい。


「団長が掃除の時に廊下へ出しちゃって、団員が中身を見ちゃうんだよ」


 ジークは少し考えて、さっと顔を青ざめさせた。


「そろそろ部屋の大掃除をしようかと思っていた」

「多分、それかな? いや、でもその話はかなり先だし……」


 大掃除で荷物を廊下に出したのであれば状況的にも合致するが、フォーカードの話はセレネのいるナレノから始まるので、時系列が一致しない。


「多分、次の次の時ぐらいだと思う」

「すると、半年後ぐらいか……」


「今の団長なら、堂々と着ててもいいと思うけど」

「それは絶対にだめだ! そんなものを着てたらダサいだろ。沽券に関わる」


 ギリギリと僕の肩を掴む手の力が強くなる。


「別にダサくは……いだだだだ。なら、なんでそんな服を持ってるのさ」

「ちょっと……」


 ジークは僕から目をそらし、尖った耳まで顔を紅潮させてぼそりと言った。


「ちょっと?」

「ちょっとだけ着てみたかったんだ……」


 今ジークが着ている服はスカートでもなく、女性らしさのかけらもない。

 ただ、髪を切らずに長髪を黒いリボンで結んだりしているあたり、楽しんでいそうな節もある。


 クローゼットに隠している服については、それの延長線上にあるのだろう。


「第一にだな、アレがあいつに見つかりでもしたらどうなるか、お前さんにもわかるだろ? というか、どうなるか知っているんだろ?」

「あいつ?」


 誰のことだろう。


「勿体つけるな。シャーテに見つかったら、とんでもないことになるだろ」

「あぁー、そういえばシャー姉がいるのか」


 劇中ではそのことでジークが団員数名からイジられただけで終わったが、シャーテに見つかったら、どんなことになるのか想像に難くない。最悪、着せ替え人形コースだ。


「……なんだその妙なリアクションは。シャーテの耳には入ってないのか?」

「それについては言ってなかったんだけど、フォーカードにはシャー姉とアスタロット、それとプランが居ないんだ」


 ジークはふむと唸って、椅子に戻った。


「そういえば、前にシャーテとアスタロットは二人ともハイドルク出身だとか話したな」

「フォーカードでのハイドルクはレイエラが武装蜂起を起こして、魔法階級制度がなくなってるんだよ。こっちの世界じゃ、どうもそうじゃないみたいだけど」

「その話はその時にも聞いたな。だが、改めて聞いてもレイエラって奴はわからんな。お前さんさんの言うとおり、あの国の魔法階級制度は今も残っているハズだ」


 レイエラの不在と、ハイドルクの変化。

 これについては調べようもなく、今も謎のままだ。


「その……、なんだ。この件は誰にも絶対に言うなよ。絶対、絶対だぞ?」

「大丈夫。誰にもいわないから、安心してほしい」

「……そういえば、お前さんの話は、前に神様から聞いたっていう話とおんなじだが、あれは嘘だったのか?」


 神様の話というのはノクターンから聞いた話のことか。


「半分嘘だけど、半分は本当。ノクターンって名乗った神様に会ったのは本当。だけど、ノクターンから聞いたのは、これから接触してくるセレネを神の座に座らせないでほしいという話ぐらいで、細かい話は僕が付け足したんだ」


「そいつとした話は他に何がある」

「神は不在じゃないかって言ったら、空席のひとつに後から座ったとか言ってたな。それと、前の世界で死んだ僕をノクターンがこの世界に連れてきたって言ってた」


「お前さんの前世がそこでつながる訳か。しかし、そいつは神なんだろう? 自分でなんとかできないのか?」

「僕も全く同じことを聞いたよ。ノクターンは世界の意思に阻まれるって言ってた」


「なかなかうさんくさい弁明だな。表立って出てこないのも意味がわからん。おかげで聖協会の連中は、未だに神は不在だと思い込んでるぞ」


「うーん……。ノクターンもフォーカードには出てこないから、どういう奴なのか僕もよく知らないんだ。自分でも会ったこと自体が夢だったんじゃないかと思ってたんだけど、シャー姉が僕に神レベルの加護があるって言うから、現実だったんだなと」


 ジークはなるほどなと言って、腕を組んだ。


「報酬は?」

「報酬?」


「王女さんを神の座に座らせるなって頼まれたんだろう? その報酬さ」

「報酬の話については、そのときは特になにも」


 答えると、ジークはわざとらしくため息をついた。


「お前さんは星幽旅団の一員だっていう自覚が足りないな。相手が誰であろうと、報酬の話は必ずしろ。たとえ、相手が神だろうとな」


 思わぬ台詞に笑ってしまう。神相手に報酬を要求しろとは。

 いかにもジークらしい意見ではある。


「今度会うことがあれば言っておくよ」

「ああ、そうしてくれ」


 へっへっへ、とジークも笑い、


「質問なんだが、王女さんが神になるとどうなるんだ?」


 笑いから一転して、神妙な顔つきになった。

 この質問が出てきたということは、信じたと受け取っていいのだろうか。


「ノクターンは言ってなかったけど、話の通りに進むなら世界が滅ぶ」

「話のスケールがでかくなったな。お前さんが書いた話では最終的にどうなるんだ」


「セレネが破壊の神に覚醒する手前でレイン――僕が彼女を殺して未然に防げた」

「その話をお前さんが書いたのか? ずいぶん悪趣味だな……」


 ジークが苦虫をかみつぶしたような顔をした。

 ネットに書かれていた当時の世論を直に耳にしたみたいで、少しヘコんでしまう。


「それが起因して前の世界では殺されたよ」

「どんなところか知らんが、それを書いただけで殺されるってのもひどい話だな」

「まったくだよ」


 漫画を描き続けた結果、死という結末を迎えてしまったが、今はそれが情報として役に立っていることを考えると、少しは報われているかもしれない。


「それで、お前さんの望みはこれからすることを絶対に取りやめないでほしい、だったか。そいつは王女さんの誘拐のことだと思うが、合ってるか?」


「合ってる」

「その先に何がある?」

「率直に言うと、フォーカードでは団長を含めて、この団の半数以上が死ぬ」


 言葉を選ばず、直截的に言うとジークは目を細めた。


「……何が起きる? 誘拐の最中に交戦でもあるのか?」

「連れ去るタイミングで交戦があるけど、そのときは誰も負傷しなかった」

「ってことはその後か」


 僕はうなずく。


「サンドブルムの首都ルガルで、教団に所属するイデという奴が襲ってくるんだ」


 ジークは目をつむり、何かを思い出そうとイデの名前を繰り返しつぶやいていた。


「サンドブルムと言ったか? ここからだとずいぶん遠いな。大陸一つ離れてるぞ」

「今からだと少し先の話になるかな」


 星幽旅団の崩壊は序盤だが、今からであればそれなりに先の話になる。


「手紙にもあったが、その教団ってのは何だ? そんなにでかい組織なのか」

「うん」

「本拠地はどこだ」

「本拠地はルクトス」


 ルクトス自体は都市国家の小さな国だ。大きな軍事力を持っているわけでもない。

 だが、この世界においてルクトスは有名な国でもあった。


「まさかとは思うが、その教団ってのは……」

「エルリス聖教会だよ」


 この世界全土に信徒をもつエルリス聖教会。その総本山がルクトスに存在する。


「……また、とんでもないものが出てきやがったな」

「ただ、セレネを神に仕立てようとしている奴らは、エルリス聖教会に所属する一部の人間だけだよ」

「そりゃそうだろうな。全員が知ってたら、今頃大騒ぎだ」


 ジークは大きく椅子にもたれ掛かった。


「んで、そのイデってのは何をするんだ」

「最初、町中に強力な魔物が数体現れて、その隙に船に残っていた人がやられる。それから、魔物と戦ってる人がイデによって各個撃破される」


「……この団はどうなる?」

「数人しか残らず解散だよ。僕が引き継いで、セレネを連れて旅を続ける」


「解散、か。バトラーは?」

「バトラーもその戦いで……」

「……そうか」


 ジークは大きく息をついた。


「……ただ、この通りにならない可能性もある」

「と言うと?」

「さっきも言ったとおり、僕の知る星幽旅団には、シャーテやアスタロットがいなかったり、僕が描いていたことといくつか異なっているところがあるから」


 それらを踏まえると、話通りに進まない可能性だって少なからずある。


「ま、どの道そのイデって奴が来ようが、些末な問題だな」


 些末と言って、ジークは僕の話を鼻で笑い飛ばした。


「何が起こるか事前にわかってるんだ。対策なんていくらでも打ちようがある」


 笑い飛ばしただけでなく、その声音は自信に満ちていた。


「それに、シャーテが居るのと居ないのとじゃ大違いだ」

「そんなに?」


 今までシャーテを持ち上げるような台詞をジークから何度か聞いたが、そんなに彼女は強いのだろうか。


「シャーテはな、俺様より強い」

「……それ、本当なの?」

「ああ、本当のことだ」


 ジーク以上、となると終盤のレイエラに匹敵するのではなかろうか。

 だとすれば、かなりの戦力だ。


「残る問題は金だな。別に俺様達は世界を救う英雄になりたいわけじゃない。だが、お前さんの知る俺様はこの話を受けたんだろう?」


「うん」

「提示されたのはいくらだ?」

「お金じゃなくて物だよ。ダグラスの指輪。一億四千万ダナスの価値がある、だったかな。額面についてはちょっと自信ない」


 自分で描いた内容ではあるが、細かい点については覚えていない。


「ダグラスの指輪っていったら、聖遺物アーティファクトじゃないか」


 ダグラスの指輪自体は水を浄化する力しかなく、大した性能ではない。

 ただ、聖遺物は解明できない技術が使われているため、そこに価値が見出されている。一つ発掘しただけで莫大な富が築ける、というのを前にスターダスト号の蔵書で読んだ。


「そのままだったら、受けてもいいな」

「……でも、いいの?」


「いいって何がだ」

「誰か犠牲が出るかもしれないし……」


「取りやめないでくれって言っておきながら、何言ってるんだ」

「それはそうだけど」

「お前さんが書いていた奴らと俺様達は違う。あまり侮るな」


 ジークは僕を睨み付けて言った。


「王女さんを誘拐するんだ。お前さんの話を聞かずとも、それぐらいのリスクは承知しているつもりさ。それに、これは神様からの依頼でもあるんだろう? そっちの方からも報償をふんだくらないとだな」


 ジークが不敵に笑う。

 金のためなら何でも受ける。

 それが星幽旅団であると、資料集に書き込んだことをふと思い出した。


「生きるということは、大なり小なり奪って奪われを繰り返すことだ。さっきのドロークロウみたいにな。ここにいる奴らは奪われる覚悟はできている。お前さんはどうだ」

「僕は……」


 どうなんだろうか。

 考えたこともない。


 僕はジークのように、さらりと決断できるような人間でもない。恥ずかしながら、うじうじと考えに考え抜いて、やっと動けるような人間だ。ジークに僕のことを伝えたのだって、セレネの手紙が来たからであって、行き当たりばったりだった。


「……正直、奪ったり奪われたりってのは考えたこともなかった。だけど――」


 だけど、心に決めたことはある。


「僕はこの団のみんなを死なせたくないと思っている」


 大切な仲間だから。


「だれも、奪わせない」

「いい決意だ」


 ジークはポケットから何かを取り出すと僕へ押しつけた。


「なら俺様も、お前さんに賭けようじゃないか」


 受け取ってみると、それは僕が廊下でジークに押しつけた札束だった。


「そいつはお前さんが持っておけ。いつか必ず取り返す」


 それは前の世界じゃ死亡フラグと呼ばれてるやつだ。

 受け取りを躊躇していると、ジークはにやりと笑った。


「この俺様が死ぬとでも?」


 まったく、ジークときたら。

 この世界にも同じ概念があるのか、明らかに意識した上で言っている。


「きっと取り返してみせてよ」

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