10:グランプ

「え? 出来てたの?」


 僕の問いかけに、ルーシーがこくこくと頷く。


「レインは失敗したと思った?」

「てっきり、物理的に壊したのかと思って」


 まさか、うまくいっていたとは露程も思っていなかった。


「意図せず桶を壊したってことは、マナコントロールの練習が必要」


 己のマナを使う詠唱魔法は、マナの量、放出、操作の三つから成り立っている。どうやらその一つの放出については問題ないようだが、マナの操作が駄目らしい。


「具体的には何を練習すれば?」

「実際に詠唱魔法を使って練習する。見てて」


 ルーシーが地面に向かって右手を向ける。

 そして、小さい声で「グランプ」と唱えた瞬間、地面にスーツケースほどの大きさの土の柱が出来上がった。


「おぉ……」


 思わず感嘆の声が漏れる。やはり魔法を間近で見るとすごい。


「グランプの魔法は比較的簡単に使える。この魔法の特徴として、マナを込めた量によって大きさが変わる。よって、基礎練習に最適」


 ルーシーは背を向け、再びグランプと唱えると、今度は四メートルぐらいありそうな高さの土壁ができあがった。その圧巻の大きさに、言葉を失ってしまう。


「これがルーシーの全力。だけど、レインには最初と同じぐらいの大きさのものを作る練習をしてほしい」

「それがマナコントロールの練習になると」

「そう」


 よし、やってやろうじゃないか。


「グランプ!」

 意気揚々と叫んだが何も起こらなかった。

「……あれ?」

「マナは流れてた。けど、術式が発動してなかった。魔法はイメージが大事」


「呪文が術式になるんじゃ? 詠唱魔法と呼ばれてるぐらいだし」

「いい質問。術者に強い意志がなければ、魔法は応えない。慣れた頃に早口で詠唱する人がいるけど、それだと駄目。想いが力に変わる」


 なかなか洒落たことを言う。


「それなら、何のために詠唱があるのさ」

「詠唱は、法理の組み立てを強固にさせる補助的側面に過ぎない」

「法理?」


 ルーシーの口から全く知らない単語が出てきた。


「グランプを発動させる方法はいくつもある。杖魔法や魔法陣でも同じことができる。詠唱による発動でも、正式な呪文があるし、熟練者は何も使わず発動できる」

「計算に鉛筆を使うか道具を使うかって感じで、熟練者は暗算って感じか」


 僕がそう言うと、ルーシーは肩を小さく揺らした。 


「その喩えはなかなかユニーク」

「う……」


 絶妙な喩えをしたつもりでいたが、なぜか笑われてしまった。


「とにかくイメージ……、イメージね」

 イメージする。土から隆起し、そびえ立つ四角い柱を。

「グランプ!」


 呼びかけに応じたように地面が隆起し、見事な土の柱が――……建たなかった。

 代わりにできたのは、めちゃくちゃ小さい消しゴムサイズの土塊つちくれ

 初めてなので、こんなものかもしれないが、それにしたってあんまりだった。


「落ち込んでる暇はない。もっとマナの声を聞いて。次」


 アレ? 意外とスパルタ?

 再びグランプを唱えるもやはり上手くいかない。何かアドバイスがあるかとルーシーの顔を伺うと、無表情で「もう一度」と言われてしまった。

 何というか、卑屈になる余裕もない。


 それからというもの、ルーシーは僕の一挙一動を黙って見続け、僕はルーシーの顔色を窺いながら、グランプの魔法を唱え続ける機械になっていた。

 繰り返しやってみて、さまざまな気付きが浮かんでくる。ルーシーはイメージが大事だと言っていたが、イメージだけに意識を向ければいい訳でもなさそうだ。


 想像した形に合わせてマナを練る必要があり、これが意外と難しい。

 例えるなら、右手で丸を描きながら、左手で三角を同時に描こうとした時のもどかしさに近いかもしれない。それでも、だんだんとコツはつかんできた。


 一時間ぐらい練習しただろうか。

 まだ完全な四角とはいかないが、それなりの大きさの土塊が繰り出せるようになってきたあたりで、閉ざされていたルーシーの口が開かれた。


「そこまで」


 機械的に続けていたこともあって、そこまでと言われても僕はグランプのプの字まで出かかっていた。


「しばらく休憩」

「まだ、疲れてないし大丈夫だけど」


 レインの体になっているからか、疲れは感じていない。

 まだまだ続けられそうだ。

 強いて言えば、ずっと声を張り上げていたから喉が渇いている。


「駄目。このまま続けていくとマナ切れになる」

「そういえば、僕のマナ量は少ないってシャー……姉が言ってたっけか」


 やっぱり慣れないな。この呼び方。


「ルーシーから見て、僕のマナが切れそうだとかわかるの?」

「ルーシーは大体しかわからない。シャーテは特別。正確にマナの量を見通せる」


 ルーシーはシャーテ呼びかよ。


「マナの量を増やす方法はあるの?」


 いくらすごい魔法を習得しても、数発放っただけでガス欠になるのは、使い勝手が悪すぎる。


「魔法を使っていけば増えていく。けれど、実感するまで時間がかかる」

「時間がかかるって、どれぐらい?」

「十年単位」

「おおう……」


 一朝一夕とはいかないと思ってはいたが、十年単位とは。

 すぐにグランプが使えて門戸は広く思えたが、一人前になるためには多くの苦難が潜んでいるのだろう。


 強くて習得しやすいのならば、この世界は魔術師だらけのはず。

 だが、そうはなっていない。

 現に星幽旅団の中でさえ、魔法を使う人間は限られている。それを思うに、魔法というモノはそう簡単にマスターできるものではないのだろう。


「ということは、魔法を使える回数ってのはある程度決まってるわけだ」

「そうでもない。回数を増やすには別の方法がある」

「燃費の改善、とか?」

「そう」


 それっぽいことを言ってみたら、なんか当たってた。


「例えばルーシーが十の力でできることを、レインは二十の力で行ってる。これを効率化していくことで、マナ切れになるまでの回数が増える。通常、マナ切れ対策で意識するのはこちらの方」


 ルーシーの言葉を借りると、二十の消費を十の消費に改善することで、魔法が二倍使えることになる。


「けれど、状況や使用する魔法によって、求められるテクニックが変わってくる。完璧を目指すならば、こちらもかなりの修練が必要」


 どのみちってことか。


「今はそんなことを考えないで、ひたすら練習しろってことかな」

「うん。レインはマナコントロールを習熟することが先決」

「よし、そういうことなら、休憩が終わったらもうひと頑張りするか」


 僕が地面に腰を下ろすも、ルーシーは座らず、申し訳なさそうな顔をした。


「レイン、ごめん。ルーシー、そろそろお昼ご飯の準備しないと」

「もうそんな時間だったか」

「これ」


 ルーシーは内ポケットから懐中時計を取り出すと、僕に手渡した。


「レインに貸す。時間わからないと思うから」

 文字盤と針だけのシンプルな作りだ。その時計は十時四十分を指していた。

「十一時まで休憩したら、十二時ぐらいまで練習してて。その頃には戻ってくる」


「ここまで付き合ってくれてありがとう」

「大丈夫。それと、休憩は必ず入れて。マナ切れは怖い」

「わかった。気をつけるよ」


 僕の返事にルーシーは頷き、飛行船の方へ小走りで去っていった。

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