09:特訓
今更ながら、この世界には魔法がある。
元の世界での魔法という存在は、空想を具現化させて世界を変える力を想起しがちだが、この世界における魔法は定義から違う。
この世界における魔法とは、自然界に存在するマナが引き起こす現象自体を指す。
空飛ぶ島、動く石像、瞬時に傷を癒やす泉。そんな元の世界ではありえない事象が、この世界に満ちているマナとよばれる物質によって引き起こされる。
そして、その現象を人為的に引き起こせる者達を魔術師と呼ぶ。
つまるところ、彼らはこの世界における物理法則の探求者でもあり、元の世界における科学者に近いのだ。
そんな魔術師の見習いになった僕は、早速ルーシーから手ほどきを受けていた。
「えっと、これは?」
詠唱魔法を使うための訓練ということで、ルーシーが船から持ってきたものは本でも杖でもなく、水の張った小さい桶だった。
「水」
見ればわかる。
「レインがどの程度のレベルかまず見たい」
脈絡もなく、桶を渡される。
受け取ったはいいが、何をすればいいのか皆目見当がつかない。
そのまま固まっていると、ルーシーもキョトンとした。
「わからない?」
「うん」
今の説明でわかる人がいたら教えてほしい。明らかに説明不足だ。
「手本見せる。見てて」
ルーシーが僕の手から桶を取る。
いったい何が起きるのか。
何をするのか見ているも、ルーシーは桶を持った姿勢で立ちつづけていた。
そのままじっと見ていると、水の中に青白い光がポツポツと浮かび上がり、淡く輝き始めた。その光は桶の中でふわふわと舞い、幻想的な様相を醸し出している。
「これは何の魔法?」
「魔法じゃない」
「うん?」
僕は首をかしげる。
詠唱魔法の練習じゃないのだろうか。
というか、今見ているこの青白い光は魔法以外の説明がつきそうにない。
「純粋なマナ。これは自分の体内のマナを手から放出する訓練」
「これがマナ……」
確かに、純粋なマナの存在は魔法と呼ばない。
僕は青い光を見つめながら、
「ルーシーがやると、なんだか幻想的だね」
「……褒めても何も出ない」
ルーシーは恥ずかしそうに桶で顔を隠した。
「ん。とりあえず、レインもやってみて」
再び桶を受け取る。が、どうすればいいのだろうか。
「やることはわかったんだけど、マナの放出の仕方がわからなくて」
「念じるように手先にマナを集めて」
念じると言われてもな……。
魔法という存在からして仕方のないことだが、なかなかにアバウトだ。
まあ、ごちゃごちゃ考える前にやってみよう。
幻滅させてしまうかもしれないが、ありのままの自分を見せるしかないわけで。それに、やってみたら思いの外できてしまったりするかもしれない。
深呼吸。
念じると言われたのでイメージする。先ほど見た青白い光。マナの流れを。
それを、両手に集中させる。と――
バン、と。
破裂音が響き、水が飛び散った。
「うわっ」
バラバラになった桶の木片が、カラカラと音を立てて地面に転がり落ちる。
しまった。
自分がレインになっていることを失念して、無意識に力を込めてしまったのだろう。それに耐えきれず、桶が壊れたのだ。
「ごめん。力がはいちゃったみたいで。濡れたよね」
ハナから出来ないことはわかっていたが、不器用なところも見せてしまった。
「平気。想像以上だった」
「やっぱりそうだよね。ごめん」
謝るとルーシーはふるふると首を振り、
「どうして謝るの? 桶のことは気にしなくていい」
「桶じゃなくて……いや、それもあるんだけどさ。ガッカリさせちゃったかなと」
「ガッカリ?」
本当に何のことかわからないといった様子で、ルーシーは首を傾けた。
「そう卑下するのは変。誇って良い」
皮肉を言われたのかと思ったが、どうも様子が違う。
彼女の表情に失望の色はない。
「誇るってどういうこと?」
なんとなく会話がずれていると思い、ストレートに訊ねてみる。すると――
「マナの放出をここまでできる人は少ない」
予想外の答えが返ってきたのだった。
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