02.お手紙

「いやいや、参った」

 ロワーズはへらりと笑いながら、気の抜けた拍手をした。


「術中にはまってたってのに、最初の一撃をどうやって避けたんだ?」

「影を見まして」


 地面を指さして得意げに言うと、ロワーズは苦い顔をした。

 どうやら僕が途中で影を認識したことに、彼は気づいていないようだった。


「やるなぁ、それで避けるか」

「完全には避けきれてないですよ」


 未だに痛む左肩を押さえると、ロワーズは大笑いした。

 なんとなくだが、先ほどの彼は本気を出していないのではないかという気がした。

 というのも、先ほどからロワーズは悔しそうな素振りをしていないのだ。


 影に気づいて致命打は避けられたとはいえ、僕の直感では敗色寸前だった。

 これはカンだが、彼は僕を試して力を隠していそうだった。


「痛みが引かなかったら、ルーシーに治して貰えばいいさ。仲が宜しいようだしな」


 口端を上げながら、ロワーズが生暖かい視線を僕に向けてくる。


「僕とルーシーはそんな関係じゃないですよ。師匠と弟子みたいなものです」


 何日か前に、爛れた関係を持ち込まれそうにはなったが。


「最近、ルーシーがレインの部屋によく出入りしてるって噂で持ちきりだぜ?」

「念のため言っておきますが、もう一人同居人がいますからね……?」

「同居人っつーと……ああ、あのアルラウネちゃんか」


 ロワーズはしばし考えてから、僕の肩に手を回してきた。


「レインも隅に置けないなー」

「何を考えているのかしりませんが、どうしてそうなるんですか!」


 ニタニタ笑うロワーズを引き剥がして、抗議する。


「えー? だって三人でどろどろの――」

「違います!」


 ロワーズが変なことを言いかけていたので、大声で割り込む。


「ルーシーは僕じゃなく、プランに会いに来てるだけですよ」


 僕が絵を描いているところを、楽しそうに見ている時もあるが、基本的にプランと遊んでいる。僕はその二人の姿を何枚か絵に収めたりもした。


「そういえば、あのってプランって言うのか」


 団のみんなにプランという名前を覚えてもらいたいので、強くうなずく。プランは自分から交流を全くしないので、なかなか名前が浸透していない。


「呼び名がないので、僕が名付けたんです」

「ほー、プランちゃんね。で、プランとはどうなんだ? 襲われたか」

「襲われてないですよ!」


 まったく、この人は。どうして、そういう話に持って行こうとするのか。

 やるせない気持ちになって空を見ると、チカチカ、チカ、と変則的に発光する飛行物が視界に入った。


「あれは?」


 僕が空を指さすと、ロワーズは唸って、


「えーと、そうだな……『求めたい。こちら、メルセイン組合所属リュカ・ワーレン』ってところか。途中からだから、名前と所属しかわからんな」


 モールス信号か。


「ロワーズさんには、あれがわかるんですか?」

「もちろんだ。見張りのときには必須のスキルだからな。そのうちレインにも覚えてもらうことになるだろうよ。そうだな、ちょっとこっちに来てみろ」


 どこへ行くのかとロワーズについて行くと、そこは伝声管のそばだった。


『メルセイン組合所属のリュカ・ワーレンが着艦許可を求めてる。団長宛に書簡だ』


 あれについて、ちょうどやりとりをしている最中のようだ。声の主は、おそらく見張り台にいるのだろう。声と一緒に風の音が少し混じっている。

 見張り台が口にした名前は、先ほどロワーズが言ったのと同じだった。ロワーズを見ると、ほれみろとでも言いたそうな顔をした。


『許可を求めてるのは小型艇ですか?』


 少しの間があき、バトラーの声が伝声管から聞こえてきた。


『飛行船じゃない。生身だ。おそらく鳥獣族だ』


 鳥獣族といえば、翼を持つ亜人種だ。

 今まで描いたことのない、空飛ぶ配達員という存在にわくわくしてしまう。


 ここへ来てから一ヶ月。

 それなりに異世界らしいものを見てきたが、まだまだ飽きさせない。


『わかりました。中央デッキへの着艦を許可してください。人を向かわせます』

「横からすまない。中央デッキにはオレとレインがいるぜ?」

『ロワーズさんですか。では、対応はロワーズさんとレインさんにお任せします』

「ああ、任せてくれ」


 そのまま二人して空を見上げていると、空飛ぶ配達員は再びチカチカと光を明滅させながらゆっくりと降下してきた。


「着艦許可感謝するって言ってるな」

「あの光信号ってどうやって覚えるんですか?」


「いきなり光信号で覚えたりはしないな。まずはの組み合わせを自分で一覧表にして覚えて、それから実践していく感じだな」


 聞いておいてなんだが、地道すぎる答えを聞いて、眉間にしわが寄ってしまう。

 それを僕にできるだろうか……。


 今後のことを考えて自信を失っていると、上から女の子がスッと音もなく飛行船のデッキに着地した。


 ぱっと見は人族の姿をしているが、鳥獣族らしく腕が翼になっている。顔つきだけで言えば、かなり若そうに見えるが実際はどうなんだろうか。

 鳥獣族なので、見た目だけで年齢がわからない。


「メルセイン組合のリュカ・ワーレンです。星幽旅団のジークさんに書簡をお届けに参りました」


 リュカと名乗った女は艶めかしい淡色の翼を折りたたませ、深くお辞儀をした。


「メルセイン組合っていうと、この辺のギルドだよな?」

「はい。スリーザ南部を中心に活動しているギルドです」

「仕事の依頼か」

「こちらの書簡の内容については我々にもわかりません。こちらの書簡を星幽旅団のジーク様にお届けすることが我々の任務です」


 書簡というので便箋のようなものを想像していたが、リュカが取り出したのは金属製の筒だった。

 なかなか上品な作りだ。単なる筒じゃなく、優美な装飾が施されている。


「差出人は?」

「差出人はティルア王国のプルトップ公爵です」


 ティルア王国の名前でドキリとするも、その後に続いた名前に覚えはなかった。


「こちらにサインを」


 リュカは腰のポーチからペンと紙を取り出して、筒と一緒にロワーズへ手渡した。


「代筆でかまわないか?」

「ええ、我々のギルドで星幽旅団さんは有名ですし、問題はないかと」

「嬉しいこといってくれるねぇ。この後どう? オレとお茶しない?」


 ロワーズのありきたりなナンパ言葉に、リュカは少し困ったように微笑んだ。


「申し訳ございません。この後も別の場所を回らないとならないので」

「そうか。まあ、仕方ないな……」


 ロワーズがペンと署名した紙を手渡すと、リュカは満足そうにうなずいた。


「はい。確かに」


 彼女は軽やかに空へと舞い上がり、僕たちの見送りの視線を背に受けながら遠ざかっていった。


「フラれちゃいましたね」

「結構好みだったんだがなぁ……」


 からかうと、ロワーズは冗談とも本気ともつかない口調で言った。


「ああいうタイプが好きなんですか?」


 もしかして、異種族が好きなのだろうか。この世界ではあり得そうなことだ。


「オレは顔が可愛ければ誰でもオッケーなのよ」

「それ、女性の前で言ったら絶対に駄目ですよ?」

「当たり前だよ」


 ロワーズは苦笑いしながら肩をすくめた。

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