03.依頼書

「入れ」


 ノックしてジークの声を聞くや、ロワーズは扉を開けて団長室の中に入っていき、僕もそれに続く。書簡の到着を知らされていたのか、ジークは机の前で待っていた。


「団長宛に手紙が来てるぜ」

「バトラーから話は聞いている。メルセイン組合だったな」

「こいつを受け取った」


 ロワーズは金属の筒を軽く掲げた。


「届けに来たやつに話を聞いたんだが、組合の仕事って訳じゃなさそうだった」


 ジークはロワーズから書簡の筒を受け取ると、封を開けて中から手紙を取り出した。手紙には封蝋の付いた紐が巻かれており、なかなかの厳重さがうかがえた。


「ん……」


 ジークが紐を解き、手紙に目を通す。読み上げることなく黙々と読んでいたジークの目つきが、次第に険しいものへと変わっていった。


「新しい仕事か?」

「そのようだ」


 ジークは手紙を綺麗に畳むと机に置いた。


「ここに来たついでだ。レインはここに残ってくれ。少し話がある」

「わかった」

「んじゃ、オレの方はお暇させてもらうよ」

「面倒掛けたな」

「手紙を受け取って持ってきただけだ。大したことじゃない」


 ロワーズは綺麗な回れ右をして、右手をひらひらさせながら颯爽と帰って行った。


「話って?」

「少し待ってくれないか。そこら辺の適当な椅子に掛けててくれ」


 僕はジークの言うとおり、応接用のソファーへ腰掛けた。

 時間があるなら、部屋に置かれている勲章などを眺めていたかったが、ジークのそばでうろちょろするのもどうかと思い、大人しく待つことにする。

 ジークは団長室に備え付けられた伝声管に向かって、


「クーリャに伝令だ。団長室に来るよう伝えてくれないか」


 クーリャ?

 ジークが口にした思わぬ名前に僕は首をかしげる。


 僕とクーリャは同じ魔術師で、魔法部隊に所属しているため、全く接点がないわけではない。が、特別親しいわけでもなく、一緒に行動したこともない。


 そのため、僕たちが揃う必要のある用件に思い当たる節がなかった。

 僕が不思議そうに見ていたからか、


「クーリャはな、魔法の暗号に関しては天才なんだよ」


 とジークは言ったが、話の内容は全く見えなかった。

 特に会話もなく、待つこと数分。

 ノックなしにクーリャが扉から飛び出してきた。


「だんちょー、来たッスよー」


 クーリャの底抜けに明るい声でその場がぱっと明るくなる。

 僕やルーシーだとこうはならないだろう。


「急に呼び立ててすまないな」


 クーリャはくるっと回りながら団長室を見回し、最後に僕と視線が合った。


「おっ、後輩君も一緒ッスかー」


 僕に対して先輩風を吹かしたいのか、初めて会ったその日からクーリャは僕のことをずっと後輩君と呼んでいる。他の団員の話を聞くに、僕がこの団に入る前まではクーリャが最後のメンバーだったようだ。


 他の団員は誰がいつ入ったかとか全く気にしていないのだが、下っ端から脱した彼女にとっては重要なことらしい。


「どうも」


 軽く会釈すると、クーリャは頬を膨らませた。


「暗いなぁ、後輩君は」


 それについては仕方ない。光あるところに影があるのだ。


「こういうときは、やぁって言うんッスよ」

「や、やあ」


 ぎこちない挨拶になってしまうも、クーリャはエヘヘと笑って、太陽みたいに眩しい笑みを向けてきた。


「やぁやぁ、後輩君っ」


 天使か。いや、神か。

 ノクターンなんて奴は知らん。クーリャこそ神にふさわしい。


「ウチと後輩君の二人ッスか?」

「メインはクーリャだが、レインには一緒に聞いてて貰いたいんだ」

「それで、なんの用事ッスか?」

「クーリャに見てほしいものがあってな」


 ジークは机に置いていた手紙を取ると、僕の対面に置かれたソファーに座った。

 ジークの表情はいつになく真剣で、僕は自然と姿勢を正す。


「お隣失礼するッス」


 僕の隣にクーリャが着席すると、ジークは彼女に先ほどの手紙を手渡した。


「そいつを読んでみてくれ。何か気づくことはないか?」

「依頼書ッスか」


 クーリャはジークと同じように、しばらく読み進めたところで目を細めた。


「……これ、魔法で一部秘匿化されてるッスね」

「やはりそうか。そんな気がしたんだ」


「一見するとただの依頼ッスね。ティルア王国のプルトップ公爵領に住み着いた鏖殺狼ガルムの群れの討伐依頼ッスか。なかなかデンジャラスな依頼ッスね」

「ガルムって、魔物?」


 訊ねると、クーリャはうなずいた。


「個体だけでも、かなり強い部類に入る狼の魔物ッス。群れとなるとこの前倒したテンペストドラゴン以上の危険度ッスね」


 あのドラゴン以上、か。

 僕も強くなってきているとはいえ、ソロでの討伐は逆立ちしても無理だろう。だが、僕一人というわけでもなく、この団全員で立ち向かえば特に問題はないはずだ。


「けど、先日のあいつと違って、飛ばなければどうってことないッス。こっちには団長がいるッスから」


 自信満々に言っているが、要は他人任せである。かくいう僕もそう思っていたが。


「おそらくだが、俺様はその討伐戦には参加できないだろうな」

「え?」

「え、えええっ!? どど、ど、どうするんッスか」


 僕以上に驚いてくれて助かる。


「別に俺様がいなくとも、他の奴らだけでなんとかなるだろ」

「いやいや、テンペストドラゴン以上なんでしょ? 団長がいなくてどうするのさ」


 たまらず僕も口を挟む。


「レイン。おそらく、お前さんも不参加だぞ」


 ジークは意味ありげに口端をつり上げた。


「どういうこと?」

「直にわかる。そんなことより、秘匿化されてる部分は読めそうか?」


 重大な話だというのに、ジークはそんなことと軽くあしらって次を促した。


「この程度の復号化はよゆーッス。けど、暗号を重ねててちょっと面倒ッスね」


 クーリャは紙に指を滑らせながら、ゆっくりと読み上げ始めた。


「えーっと……、親愛なる星幽旅団様へ。私はセレフィーネ・アスト・エレ=リンドミズと申します」


 セレフィーネ・アスト・エレ=リンドミズ。

 その長い名前をクーリャの口から聞いて、ドキリと胸が鳴った。


「セレネから!?」

「ひゃわっ!?」


 驚くクーリャの顔を見てはっとする。


「落ち着け、レイン」

「ご、ごめん」


 大声を出しただけでなく、思わず立ち上がってしまっていた。


「クーリャ、続けてくれ」


 クーリャは小さくうなずき、手紙の続きを読み上げ始めた。


「ティルア王国四代目国王の娘という立場から、このような形でのご挨拶となり失礼致します。これから記す内容は、どうか慎重に取り扱ってください。私がこのガルム討伐の依頼書を通じてお願いしたいことが二つあります。一つ目は私をこの城からつれ……つ、つれえええぇえ!?」


 クーリャは声を裏返させて、すっくと立ち上がった。


「お前らな……」


 ジークが呆れたように苦笑する。


「だ、だ、だだ、だって、ティルア王国の王女が自分を誘拐してほしいって」


 クーリャは目を見開きながら、手紙を振りかざした。


「まあ、そんな内容だろうとは思ったよ」


 慌てふためくクーリャとは対照的に、ジークはあくまでも冷静だった。

 あらかじめ話していた内容だったということもあるだろう。


「そんなって、メチャクチャとんでもない内容ッスよこれ!?」

「とんでもないことには違いないな。賭けには負けだ」


 ジークは口端をつり上げて僕を見た。


「賭け? 何のことッスか?」

「こっちの話だ、気にしないでくれ。とりあえず続きを頼む」

「……読むッスよ」


 クーリャは座ることを忘れてか、立ったまま手紙を読み始めた。


「一つ目は私をどうか城から連れ出し、皆様方と同行させて欲しいのです。また、それと共に私の神化を防ぐ方法を探して欲しい、というのが二つ目の依頼です。


 一年ほど前からでしょうか。


 私の父である国王は教団と呼ばれる組織と深い関わりを持つようになり、その組織は私の体の中に、三神が争った時に流れたとされる神の血塊を埋め込みました。


 以来、私の左胸に十字の痣が浮かび、その痣は日に日に濃くなっています。彼らが言うには、これは神の血に適合し、神化が進んでいる証拠なのだそうです。

 私を神にして何がしたいのかは、私にはわかりません。


 このままでは私自身、ひいては国全体に大きな災いをもたらすのではないかという不安が募っています。

 そんな思いに至るほど、彼らは狂気に満ちているのです。


 このお願いをお受けいただけるのであれば、私がティルア王国王女としての立場をもって、相応の報酬をお約束いたします。

 具体的な報酬については、お会いした際に詳しくお話しさせていただきますが、皆様方にとって十分に満足いただけるものであると信じております。


 この依頼書を読まれた皆様が、どうかこの私の依頼に気付かれることを願って。

 ティルア王国王女 セレフィーネ・アスト・エレ=リンドミズ」


 文章を読み終えたクーリャが静かに着席する。


「なかなか文才のある王女さんだな」

「感心するところそこじゃないッスよ!」


「冗談はさておき、別の依頼があるんじゃないかと思ったが、ドンピシャだったな。ガルム討伐の名目で動くとしても、本命は王女さんの誘拐だ」


「……これは、どういうことッスか?」

「おそらくだが、王女さんが討伐依頼書に後から書き足したんだろう」

「ウチがいたからよかったものの、一般的に見ればかなり巧妙ッスよ? これ」


 いまいちクーリャの言う復号化がどれほど凄いことなのかはわからなかったが、ジークが天才と呼称するあたり、彼女にしかできない芸当なのだろう。


「ここまでするということはシギントを警戒してるんだろう。抜け目ない王女さんだ」

「信用していいんスか? 国を相手にさせてウチの団を陥れようとしたり、王女を快く思ってない輩がこれを書き足したとか、いろいろ考えられると思うッスけど」


 クーリャの主張も一理ある。

 だが、それはこれを書いたのがセレネであることがわからない時に浮かぶ仮説だ。


「書いたのは王女さんで間違いないだろう」


 ジークの視線が僕を射抜き、僕は強くうなずく。

 とうとう来てしまった。

 フォーカードの始まりともいえる、その依頼が。

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ヒロインをラスボスにはさせない ~転生したら自分が描いていた漫画の主人公だったので、死ぬ予定の仲間を全員救う~ エンジニア㌠ @Iris_sola

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