04.悩み
――各員に通達。予定と進路を変更する。これよりリンドポートに向かい、出国審査を受けた後、すぐにティルア王国へ出立する。各員は長期の航行に向けて準備されたし。
そんなジークの指令が出たのは、僕とクーリャが部屋を出てすぐのことだった。
リンドポートは、先日立ち寄ったスリーザ国で一番大きな港町だ。
出国審査という単語が出たが、この世界にパスポートは存在しない。
国が発行している戸籍や、ギルド独自で発行しているギルドカードなるものはある。……あるにはあるのだが、余所の国では身分証として全く機能していないのが実情だった。
故に、ほとんどの国では人の出入りに大きな制限を設けていない。
だが、船や飛行船などの入出国については別だった。おそらく、輸出入する貨物の取り締まりや、武力行使を防ぐための措置なのだろう。
特に、大国や戦争中の国ではその傾向が強いようだ。
スリーザ国も例外ではなく、出入国管理が厳重に行われているらしい。
クーリャの見立てでは、ティルア王国が発行した依頼書が手元にあることから審査にかかる日数は半日で、四日もあればティルア王国に着くだろうとのことだった。
「はぁ」
ため息一つ。
これから先、セレネの誘拐や星幽旅団が崩壊する戦いが控えている。
剣の鍛錬に打ち込もうかと思ったが、全く身が入らなかった。
フォーカード通りであれば、セレネの誘拐は戦いがあるものの、誰も負傷することなく成功する。
だが、問題はさらにその先。
星幽旅団の一行はセレネが破壊の神に覚醒しないようにする方法を探りつつ旅を続け、その道中で団員の大半が命を落としてしまう戦闘が起こる。
これから待ち受けていることは悲劇に違いないが、なにも悲観することはない。
何せ、手段や敵の情報などすべてがわかっているのだ。
戦い自体を避けることだってできるだろう。
それにはこれから起こることを、団長のジークに話さなければならない。
話すだけなら簡単だ。ノクターンのお告げだと言ってしまえばいい。
だが、状況に応じて細かいことを逐一言うのであれば、僕のことを正直に話してしまった方が都合はいいはず。それに自分のことを棚に上げて、これから起きることを信用してほしい、だなんて虫のいいことは言えそうにない。
ジークは勘が鋭いから、というのもある。
だが、それ以上に僕の良心がそれを許しそうになかった。
「どうしたもんかなぁ……」
とはいえ、この世界のことを前々から知っていた、だなんて荒唐無稽なことをいきなり話したところで信じてくれるかどうか。それに、信じてくれたところで、ジークがセレネの救出をやめたと言い出してしまえば、何もかもがご破算だ。
何かいい手は……。
「聞いたわよー、レイン君。ティルア王国の王女から手紙があったんですって?」
この先のことに思いを馳せていると、いつの間にかそばにシャーテが立っていた。
「ああ、うん」
考え事を止められず、生返事になってしまう。
「どうしたの? なんか元気ないじゃない」
「別に元気がないわけじゃないですけど……」
悩んでいることには違いないので、そう見られてもおかしくはないか。
「ねね、そ、れ、で、何お願いするの?」
「お願い?」
「賭けに勝ったんでしょう? ジークが何でもお願い事聞いてくれるんでしょ?」
急に何の話をするのかと思えば、そのことか。
「あのときは乗っかっちゃいましたけど、特にお願いなんかないですよ」
「そ、それじゃあ、お願いなんだけど、ジークにやって欲しいことがあってね。代わりにレイン君がお願いしてくれないかなーなんて。もちろんタダとは言わな――」
ないと言い切った後で思いつく。
あるじゃないか。一番ジークにお願いしたいことが。
「そうか、それがあったか」
パンと膝を打ち鳴らして立ち上がる。
「受けてくれるのね!」
「ありがとうシャー姉」
なんでも言うことをきく約束を口実に話してしまえばいいのだ。
「お礼を言うのはこちらの方よ。じゃあ早速――」
「早速、団長のところに行ってくる」
「え、ちょ、レイン君?」
駆け足で団長室へ向かと、ちょうど廊下にジークがいた。
バトラーと何やら話し合っているようだが、おそらく先ほどのことでだろう。
「おや、レインさん」
とバトラーが僕に気づき、
「なにか気づいたことでもあるのか?」
ジークもこちらに振り返った。
「気づいたこと……ではないんだけど、団長と二人で話がしたくて」
「予定が立て込んでてな。すまないが、急ぎじゃなければ後ででもいいか?」
「急ぎの要件でもないし、大丈夫」
先ほどのことで色々と忙しいのだろう。仕方ない。
それまで、ジークに話す内容でも考えていよう。
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