05. ドロークロウ

 それからしばらく。僕はどう話そうかと考えながら船内を散歩していると、食堂前から賑やかな声が聞こえてきた。その中にはジークの声も混じっている。


 扉は締め切られており、何を話しているのかは判然としない。

 会議中だろうか。


「ぐぉおおぉぉああああああああ」


 突如、聞こえてくる悲鳴。

 ……会議なんだろうか?


 食堂の扉を開くと、くぐもった声が鮮明になっていく。

 三名の団員とジークが、円卓を囲んで何かをやっていた。


「……レインか。悪いな、もう少しだけ待っててくれ」


 ジークはこちらに一瞥もくれず、手元の三枚のカードを睨んでいた。

 卓上には表向きのカードが四枚、裏向きのカードが一枚置かれていて、テーブルに座った面々の前にはダナス紙幣が無造作に積まれていた。


「何してるの団長」


 こっちは思い悩んでいたというのに、予定って賭け事かよ。


「ドロークロウだよ。お前さんもやったことぐらいあるだろ?」


 ないです。


「ベット二百じゃな」


 この団唯一の初老で機関長のカインズが無精髭をなでながら、テーブルに紙幣を二枚置き、

「コール」

 ジークがそれを受けたのか、二枚の紙幣を前に出した。


「オープンフェーズだ。見ろ、爺さん。十と九のダブルペアだ」


 ジークが意気揚々とカードをテーブルに叩きつけた。

 カードには数字が描かれていて、その数字には色が付いていた。


 場にめくれている四枚のカードの色と数は左から見て赤の二、青の七、緑の十、黒の四。ジークが叩きつけた三枚のうち、二枚が赤と青の九で、残りの一枚が黒の十だった。


「こっちは六のトリップスだな」


 カインズは余裕の表情で手札を開き、その三枚は見事にすべて六で揃っていた。


「うっ……。まだだ。まだ、ここでエネミーに六か黒が出る可能性だってある」

「いいのかい? 降りなくて。ポットは八百ダナス。上限を打たせてもらうが」

「ぐぬぬ……。う、受けてやろうじゃねーか!」


 ポーカーのテキサスホールデムに似ていると思ったが、手札を見せて裏返しになっているカードが一枚残っているところから、ルールが違うようだ。


「やめときなよ、団長。そうそう都合よく来ないって。何回それで負けてるのさ」

 無謀な賭けに出ようとしているジークを見かねてか、リッツが口を挟んだ。

「早々に降りた外野がうるさいぞ。男に二言はないッ! コールだ!」

 ジークが八枚の紙幣をテーブルに叩きつける。


「そりゃ、カインズが強そうだから降りたんだよ……」

 熱くなっているジークに向けて、リッツがため息付いた。


「じゃあ、ショウダウンといきますかね」


 カインズが骨張った手で裏になっていたカードをめくると、それは緑の九。ジークが口にした数字と色のどれでもなかった。


「フォフォフォ、悪いのジーク。貰ってくぞい」

「ぐぬううぅう………」


 ジークは八重歯を見せるほど口を噛みしめ、それからバッと僕の方へ振り返った。


「レイン、混ざれ」

「へ?」


 有無を言わせぬ強い口調に、僕はたじろぐ。


「この前受け取った金はまだ残ってるんだろ?」


 高い買い物は家具を購入したぐらいなので、ほとんど残ってはいるが……。


「余ってるのは確かだけど、ルールがわからないんだけど」

「なおさらちょうどいい。教えるから入れ、団長命令だ」


 職権乱用じゃなかろうか。


「このまま俺様は負けられないんだ」

「あーあー、熱くなっちまってるよ。初心者入れてどうすんだ」「いつものことじゃな」「怒ってやめるところまでがセットだね」


 団員たちが口をそろえて呆れ始める。


「お前らな!」


 ジークが一喝し、団員たちが口を閉ざす。


「諦めるんじゃな、レイン。この調子だと参加するしかなさそうだ」


 カインズがため息付きながら僕に言う。


「初心者でも大丈夫ですかね?」

「何、ワシみたいな年寄りでもできるんだ。利口なお前さんにならできるじゃろ」


 カインズが散らばったカードをまとめて、場にカードを並べていく。


「まずカードの種類からだな。数字は一から十二まであって、数字には色がついている。それぞれの数字に赤、黒、緑、青の四種類があって、全部で四十八枚ある」


 数字が一から十三まであるトランプと違って、こちらは一から十二。色についてはトランプにおけるスートの役割ってところか。


「まず、三枚のカードが配られ、その後に五枚の共通カードが場に裏で並べられる。レインから見て、左側の三枚が増援。右側の横向きに置かれた二枚がエネミーだ。最終的にプレーヤーは手札の三枚と場にある三枚の増援で役を作ることになる」


「エネミーっていうのは?」

「エネミーと同じ数字の札は死に札になる。他にも二枚のエネミーが同じ色だった場合は数字関係なくその色の札が死に札になる」


「だからエネミーっていう名前なんですね」

「そういうことだ。すべての札がめくれて、互いが降りることなく賭け合ったら、最終的にできた役同士で勝負になる。一通りの流れはこんな感じじゃな」


 ポーカーのテキサスホールデムは手札の二枚と場の五枚を組み合わせて役を作る。

 それと違って、こちらは役をマイナスにする札があるってことか。

 聞いた感じでは面白そうだ。


「ベットラウンドはやれば慣れる。注意するところは、残りのエネミーが一枚で手札を見せ合ったオープンフェーズのベットとレイズはポットの額までしかできないところだ。基本的には降りるか打ち切るかのどちらかになると思え」


 なるほど。

 オープンフェーズでは残りの一枚のマイナス札は見えないが、お互いの手札を見せ合っている関係上、勝率の高い方から青天井で賭けられると、弱い手札を持つ方は降りるしかなくなってしまう。

 ポットの額まで、というのはそれを防いでいるのだろう。


「あとは役を覚えるところからかの」


 漫画にフォーカードという名前を付けたこともあって、テキサスホールデムは何度かプレイしたことがある。このゲームはそれにかなり近かった。

 問題は役の方だが、多少の違いはあれどポーカーに通ずるものがあった。


 ポーカーと違う点として、強い手札を握ったとしても、エネミー札によっては役を殺されてしまう可能性があるという点か。

 ここが博打の要素を強くしているように思える。


 とりあえず、部屋に戻ってお金を持ってくるところから始まり、ゲームに参加することになった。

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