05:初仕事
団長室は居住区から船橋へ向かうときの途中にある。船の内部は本編や設定資料本で描いたモノそのままだったため、誰かに道を聞くことなくたどり着けた。
ノックをし、「入れ」というジークの声を聞いて、ドアノブに手をかける。
扉を開けて一番、白い肌が僕の目に飛び込んできた。
「おう、レインか」
ジークは今まさにズボンを穿こうというタイミングだというのに、軽い調子で挨拶をしてきた。
「ちょ、ちょっ、ちょっと、着替え中じゃないか!」
「あ? そうだが?」
慌てて廊下へ引っ込む。
開け放たれたままの扉から衣擦れの音が聞こえてくる。
「終わったぞ。入ってこい」
服を着終えたジークがやれやれといった様子で、椅子に腰掛ける。
「朝から呼びつけてすまないな」
「別にかまわないけど、着替え中なら言ってよ」
「裸ならまだしも下着ぐらいで大げさな」
それは着替えしていた側が言う台詞ではない。
「どうして団長の方が冷静なのさ」
「お前さんを招いたのは俺様だしな。それに、俺様がきゃあなんて言うようにタマに見えるか?」
「見えないけどさ……」
……いや、僕が耳を触った時に変な声を出してなかったか?
ルーシーから頬を引っ張られてた時もそうだったし……。
「ところで、昨夜はどうだったんだ」
「大変だったよ。寝る時なんてじっーと見つめられてたから、寝付けなかったよ」
「無事ならいいじゃないか」
ジークがからからと愉快そうに笑う。
「それとも、今からでも部屋を変えるか?」
「今さら部屋を変えるのも、避けてるみたいだからやめとくよ。名前もつけたしね」
「あいつに名前を?」
僕は頷く。
「名前がないと話しようもないから」
「なんて付けたんだ」
名付けたことに興味があるらしく、ジークがすこし前のめりになった。
「プランって名付けたんだ」
「プランか、いい名前じゃないか」
「ルーシーもそう言ってたよ」
「そうか。昨日の今日だというのに、だいぶ馴染んでるみたいだな」
ジークは身の丈に合ってない椅子から飛び降りるように立ち上がると、僕へ向けて机越しに手を差し出した。
「改めて、ようこそ星幽旅団へ。それと、フランコフの件だが、礼を言う」
おどけた様子から一転して、真面目な声だった。
「そんな、礼だなんて……」
それはレインがやったことで、僕ではない。
僕目線では、ジークに一方的に助けられただけだ。
だが、握手を交わさない訳にもいかず、僕はジークの手を取る。
僕よりも二回り小さい手だ。
だが、彼女はこの手でテンペストドラゴンを葬っている。
「俺様についてはどこまで知ってる?」
ジークの次ぐらいには知っている、とは言えず、
「ルーシーから聞いたよ。元人族だって」
「それなら話は早いな。俺様は昔、病で死にかけたことがあってな。名のある医者に診て貰ってもどうしようもなく、死ぬことを待つしか無い身だった」
ジークは遠い目をして、
「いよいよマズいって時に、かねてより交流のあったカンテラ領の森に住むエルフ達に助けられてな。言ってしまえば、彼らは俺様の命の恩人なんだ」
「そのエルフが住んでいる森をあいつらが襲ったと」
「ああ。助けを求める連絡は来てたんだが、そん時は別の国に居たもんだから、ここまで来るのに結構な時間がかかってな。やっときてみれば、捕らえられてた奴らもみんなおまえさんが逃がしたとかで、解決しちまってるってんだから驚いたぞ」
「その僕は捕まってたんですけどね……」
「あいつらのところに単身で乗り込んだ結果にしては上出来さ。おまえさんを救えて、俺様達もここまで来た甲斐があったってもんだ」
ジークが直接フランコフのアジトに乗り込んだことが疑問だったが、なるほど。
彼女には僕を助ける大義名分があったわけだ。
「その、記憶喪失については残念だったが……」
適当についた嘘でここまで心配されると、こちらとしても申し訳ない気持ちになってくる。かといって、あまり多くを語るわけにはいかない。
「そのことについては大丈夫、気にしてないよ」
「それならいいんだけどな」
ジークは再び椅子に座ると、「さておき、仕事の説明だ」と言った。
「始めに言っておくが、ウチは汚れた仕事を請け負うこともある。とはいえ、それらの仕事は国やギルドなど、やんごとなき奴ら相手の正式な仕事だ」
ジークが自分の後ろに向けて親指を突き出す。
僕らの間にある机は紙やらで乱雑になっているが、ジークの背後にある金銀あしらわれた勲章や杯は綺麗に並べられていた。
どれもこれも国や名高い組織から貰ったものばかりなのだろう。
その造形は細部に至るまで手が込んでいる。
ジークはそのうちの一つを手に取ると、机へ無造作に放った。
きれいに並べられてて感心していたのだが、どうやら愛着はないらしい。
「奴らが表立って依頼しにくいこと。それらを俺様たちが請け負うわけだ。俺様たちは金さえもらえれば、どんな依頼も受けるし、何でも取り扱う。ただし――」
よどみなく話していたジークが、ここで一呼吸置いて僕を見据えた。
「薬、人身売買、個人からの殺人依頼。この三つはどんなに金を積まれても、星幽旅団は扱わない。これが掟だ。覚えとけ」
今までジークから聞いたことは、僕の知る星幽旅団の仕事内容そのものだった。
ここは一つ、僕の知らないことを訊いてみるか。
「その掟は団長が決めたの?」
「この掟はな。ここが星章という名前の組織で町に根ざしていた頃まで遡るんだが、先々代の頭が『組織は町と共にあれ、邪道で得た富はいずれ否定される』とよく言っていたことの名残だ」
「この団に前身があったんだ」
「ああ、ずいぶん昔の話だがな」
この答えは僕にとって意外なものだった。
僕の中では、ジークが星幽旅団を立ち上げたものだと考えていたのだ。
やはり、この世界は僕の想像の範囲を超えている部分が多くある。
「それで、僕はこれから何をすれば」
「そうだな――」
ジークはすんすんと鼻を鳴らすと、こう言った。
「とりあえず、お前さんは服を洗ってもらえ。臭うぞ」
「えっ……」
僕の星幽旅団の初仕事。それは服を洗ってもらうことだった。
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