06:シャーティアライズ・フロイ・ラナクリム

 緑一色の平原。見知らぬ植物が風でなびいている。

 暑くも寒くもなく、春の陽気みたいに快適な気温だ。元居た日本の季節が冬だったということもあり、かなり暖かく感じる。


「こうして改めてみると、ザ・異世界って感じだな」


 木の剣を持って稽古に励む者、魔法の練習をしている者、楽器を吹き鳴らして音楽を奏でている者――などなど。龍の解体が一段落ついたのか、それぞれが自分の時間を自由に過ごしているようだ。


 僕はといえば、船のデッキから下に居る彼らを下着一丁で眺めていた。

 僕が着ていた服はクーリャが作った水の球の中で、別の衣類と一緒にのびのびと泳いでいる。正に魔法の洗濯機。きっと乾燥も魔法でするのだろう。


 そのまま、水玉の中を回る衣服をぼんやりと見ていると、木を打ち鳴らす音が楽器の音に混じって聞こえてきた。どうやら木の剣で稽古していた団員が模擬戦を始めたようだ。


「自分もそのうち鍛錬しないとだな」


 腕や腹筋をペタペタ触ってみる。

 元の世界では連載が忙しくて運動がままならなかったから、こんな体付きとは無縁だったので新鮮だ。これぐらいの筋肉がないと剣を振れないのだろう。


「何してるんだ?」


 ジークの声が背後からかかり、はっとする。


「あ、いや、アハハハハ……」


 嫌なところを見られた。

 それもジーク一人だけじゃない。頭に角を生やした女がジークの横に立っていた。


「キミが期待の新人、レイン君ね」


 頭に角があることから、見たところ彼女は魔族だろう。だが、アーマンと同じく、星幽旅団のメンバーに魔族を描いたことなんてない。

 困ったことに見知らぬ新キャラがさらに増えてしまった。


「あたしはシャーティアライズ・フロイ・ラナクリム。よろしくね」


 女は燃え盛るような赤い髪を、ふぁさっとかきあげてからそう名乗った。


「シャー……えっと……?」

「さすがに二文字以上は覚えてよ!」


 すみません、考え事をしてたもので。


「長いから、シャーテとかシャー姉でいいわ。みんなもそう呼んでるし」

「見てわかるとおり、シャーテは魔族だ」

「ジークと同じ元人族、のね」


 魔族で元人族? どういうことだろうか。

 魔族は魔族で人族は人族だ。ハーフはありこそ、種族そのものがが変わるなんて、特例であるジークを除いてそうそうないはず。


「それ、大事なところか?」

「とっても大事なところよ。人によっては魔族ってだけで怖がられるんだから!」


 言葉だけでなく、シャーテは本当にうんざりしたような表情カオをした。


「死を目前にしたような顔で、魔族だの悪魔だの言われるのよ? いつまで魔族戦役のことを引きずってるのよ。もううんざり」


 魔族戦役といえば二百五十年前から始まった戦争のことだ。

 戦争の名を冠しているが、その内容は魔族による一方的な殺戮に近い。その戦争は六十年も続き、勇者と呼ばれている四人の冒険者が、前代の魔王を討伐したことで終結した。


「ウチでそんなことを言う奴は居ないからいいだろ。全員変わり者だしな。見ろ、レインも平気そうだろ」


 その全員の勘定に僕も含まっているのなら、心外なのだが。


「確かに驚かないのね。けど、なんだか不思議そうにあたしを見てるけど」

「すみません。決して変な目で見てたわけじゃないんです」

「お気遣いどうも。慣れてるからいいけどね。怯えられるよりはいいわ」


 僕の中では、なぜ魔族が星幽旅団にいるのかを不思議に思っているのだが、奇異な目で見られたと受け取られても仕方ない。


「アルラウネと同室だしな。ちょっとやそっとじゃビビらないだろうな」

「あの子と同室なんだ。そういえば、どうして裸? 追い剥ぎにでも遭ったの?」


 何事もなく女の子と会話しているが、そういえばパンツしか穿いていなかった。

 そりゃ、変わり者扱いされますわ。


「着てたのは洗ってて」


 魔法で作られた水の中を回っている衣類を指差す。


「ランドリールームの洗濯機は? ずいぶん前時代的な洗い方をしてるけど」


 僕にとっては新鮮なのだが、そうか、洗濯機があるのか。

 よくよく考えてみれば空飛ぶ船に比べたら、洗濯機なぞ単純な機構だろう。


「不時着したときに水道パイプを何カ所か破断して、五台とも故障中だ。仕方ないから今はクーリャに頼んで洗ってもらってるんだよ。誰からも聞いてなかったか」

「トイレは?」

「直るまでは三か所とも使用不可だ。うんこやションベンならその辺でしてこい」


 ジークが女の子の声でとんでもないことを言う。

 あまりの酷さに、シャーテは頬を引きつらせていた。

 すみません。原因は僕です。


「……断水なのはわかったけど、新しい服ぐらい出してあげればいいのに」


 シャーテは手品師のように、どこからともなく服を出した。

 空間魔法を使ったのだろうか?

 しかし、空間魔法はかなり高度な魔法だ。

 詠唱をしたような素振りはなかったのに、どうやったんだろうか。


「これ。体にあうかどうかわからないけど、出会いの印にあげるわ」

「これはッ! ローブ!」


 広げてみると、魔術師が着るようなローブだった。

 ありがたく着させてもらうことにする。


「レイン。少し時間をくれないか」

「別にかまわないけど」


 僕がなぜという顔をすると、ジークは親指でシャーテを指した。


「シャーテがレインの魔法に興味があるらしくてな。俺様は全くないが」

「ジークは魔法適性が高いから、ちょっと練習すれば色々使えると思うけど」


「昨日、似たようなことをルーシーにも言われたな」

「ルーシーちゃんが?」

「ああ。だが、誰が何と言おうと興味ないな。魔法は呪いと一緒だ」


 ルーシーに言われたときは、斧が合ってるって言っていたっけか。


「そんな悪いものでもないと思うけど。力に善悪なんてないわよ」

「力に善悪はない。それは、その通りだ」


 ジークは俺様が言いたいのは、と言って続ける。


「程度の差こそあれ、魔法は使う側と使われる側の人生がその魔法に囚われるってところだ。故に余計なものを背負う羽目になる。そいつはシャーテも分かってるんじゃないか」


 これは魔法に近しい儀式によって、ハイエルフになってしまったジークだからこそ言える言葉だろう。結果的に命は助かったが、種族と性別が変わってしまったことについてはジークの本意でない。

 シャーテも、とったのは先ほど明かされた元人間のことについてだろう。


「それを言ったら、剣術や斧術だって一緒じゃない」

「いいや、剣や斧はいつだって捨てられる。だが、魔法は己の一部だ。そう簡単に捨てられるものじゃない」

「確かにジークの言うことは、魔法の本質でもあるわね。けど、それを役目として受け入れてこそ一流の魔術師よ。このあたしみたいにね」


 シャーテは芝居がかったような口調で言い、再び髪をなびかせた。


「で、その一流の魔術師さんが、なんでレインの魔法が気になるんだ?」

「だって、天才魔術師と言ったら、このあたしでしょう? なのにジークったら、レイン君のことを楽しげに語るから」


「仲間のことを楽しげに語らって何が不満なんだ。レインは新人だし話もするだろ」

「あたしはレイン君にジークがとられないか心配で心配で」


 シャーテがそう言うと、ジークは顔を赤らめて眉をつり上げた。


「ばっ、俺様は男に興味はないぞ!」

「なら安心」


 笑顔でシャーテがジークの後ろから抱きついた。


「やめろ! でかい胸を押しつけるな!」


 実際は押しつけるというより、頭に乗っかっている。

 拝みたくなるほどの大きさだ。


「魔族領に行ってたから、ジーク成分を切らしてたのよねぇ。んー、生き返るわぁ」

「ッ……離れろ!」

「男に興味ないんでしょ? いいじゃない。女の子同士なんだし。ちゅっちゅっ」


 一体、僕は何を見せつけられているのか。じゃれ合う二人の姿を見ていると、


「朝からお盛ん」


 僕の心の内を代弁するかのような声が背後から。


「あ、ルーシーちゃん」


 振り返ると、苦い顔をしたルーシーが立っていた。


「朝からユニークな性的嗜好を見せつけないで欲しい」


 僕が思っても言えないようなことを、ルーシーはぴしゃりと言い放った。


「ユニークな性的趣向ってどういうこと!?」

「見たままのことを言ってる」


 声を荒げるシャーテをルーシーは意に介さず、淡々と言いのける。


「そんないかがわしくないわよ。ね? レイン君」


 急に同意を求められても困る。

 少なくとも、僕の彼女の第一印象はフェミニンさからかけ離れている。


「レイン、破廉恥な女の言うことを聞く必要はない」

「破廉恥じゃないわよ! これはジークに送る愛の形なの」

「そんなものはいらんっ。しっしっ」

「むー」


 ジークからまるで羽虫のように追い払われ、シャーテがふくれっ面をした。


「ルーシーもレインに用事か?」


 ジークの問いかけに、ルーシーが首を小さく縦に振った。


「悪いな。少しだけ待ってくれ。それとも一緒に見に来るか?」

「何を見るの?」

「昨日、レインが使った魔法さ」

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