07:レイエラはどこに?

 僕の魔法をもう一度見られるということで、ルーシーは二つ返事でついてきた。

 おそらく、ルーシーの用事は絵を描く約束のことだろう。


 僕らは船から降り、船から遠ざかるように歩いていた。というのも、船の近くでアレを発動してしまうと、船の燃料となるマナを巻き込んで消費してしまうからだ。

 船出できる見込みがなんとかついているというのに、余計なことをして延期になってしまったら、船の修理に当たっている人達に申し訳が立たない。


「結構離れるのね」


 やや不満げそうな声音でシャーテが言う。

 彼らに船から離れる必要があると伝えたはいいものの、僕もどの程度離れればいいのかわからず、それなりに遠くまで来てしまった。


「ここまでくれば大丈夫、かな」


 振り返ると、あんなに大きかった船が遠く離れてすっかり小さくなっていた。

 僕はその場に落ちていた枝を拾うと、昨日剣で描いた陣を地面に描いていく。


「これは想像以上ね……」


 描き始めからしばらくして、黙って見ていたシャーテがため息づくように言った。

 どうやら、シャーテは描きかけの陣でどういう魔法か理解したらしい。天才魔術師を自称するとは白々しく聞こえたが、その言葉に偽りはないようだ。


「だから言っただろう? ハッタリじゃないって。レインは一見するとヘラヘラした奴に見えるが、俺様が見込んだとおりすごい奴だ」


 それは、めているのか、けなしているのか。


「あたしが知らないだけで、他にも天才っているものね。認めるわ」

「しっかし、実物を見ると改めてすごいな。あのときレインはこんな複雑なやつを空中に描いていたのか」

「まあ、そうなるね」


 褒めちぎられているが、人の袴で相撲を取っているようなモノなので手放しに喜んでいいのかどうか。それに、この術を使うレイエラも杖を使って宙に描く。


 漫画における魔法陣といった模様はパソコンを使って、コピペで済ませてしまうことも可能だ。だけど、僕はレイエラが実際に描いている雰囲気を出すために、すべての魔法陣をフリーハンドで描いていた。

 結果として、陣の細部まで覚えていて、それに助けられた訳だ。


「ストップ」


 魔法陣が完成する一歩手前で、突然シャーテに腕を捕まれた。


「こんな術式、使ったら危険よ」


 シャーテから、正気? という顔をされてしまい、僕は戸惑う。


「龍を撃ち落とすぐらいの魔法だったしな。けど、見なくていいのか?」

「ヘタしたらあたしたち全員、木っ端みじんになるわよ?」

「あー、レイン。ゆっくりその枝から手を離せ。いいな?」


 まるで爆弾魔みたいな扱いだな……。

 枝から手を離すと、シャーテは大きく息をついた。


「それにしても、普段何を食べてたらこんな術式思いつくのよ。これが普及でもしたら、世の中が一変しちゃうわよ」

「すごい魔法だということは俺様もこの目で見たが、そんなにやばい代物なのか」

「そうね、魔術協会にこの術式を報告すれば、すぐに禁術指定されるわね」


 ジークが横目で僕を見る。

 僕としてもそんな代物だとは思わず、苦笑するしかない。


「一番すごいのはマナ供給部。こんなものは見たことない」


 ルーシーの感想に、シャーテは頷き、


「魔法陣は自然界に散らばるマナを使う魔法だけれど、一般的なものは集められるマナがそう多くないの。無理やり人がマナを込めれば出力も上がるけれどね」

「わざわざ魔法陣を介すのは無駄が多い」


「ルーシーちゃんの言うとおり、そんな回りくどいことせずに己のマナで術式を練った方が早いって言われてるわけ。その固定観念から、研究をしている人は少ないわ」

「詠唱魔法、杖魔法、錬金術が主流。魔法陣、呪術、占星術はマイナー」


「話が長くて頭に入ってこないな。結論を先に言ってくれ」


 ルーシーとシャーテの魔法談義が広がり始めたあたりで、ジークが割り込んだ。


「そう結論を急がないでよ。ま、いいわ。つまりね、龍に対抗できるレベルの魔法をこの陣さえ覚えておけば誰でも扱えるのよ。それを今まで誰も思いつかなかったってこと」

「……そいつは確かに世の中が一変するな」


 ジークは顎に手を当てて、真面目なトーンで言った。


「これを考えたのはレイン君なの?」

「それは――」


 この魔法はレイエラのオリジナル魔法だ。

 レイエラの名前を口にしてもいいが、彼女と僕はまだ知り合ってもいない。


「それは、わからなくて……」


 今後のことを考えると、こう言う他ない。


「どういうこと?」

「レインは記憶を失ってるんだよ。魔法でなんとかしてやれないか」

「残念だけど、記憶を戻すようなものは知らないわね。魔法も万能じゃないし」


 シャーテの回答にほっと胸をなで下ろす。


「ため息ついてがっかりするな。魔法に頼らずとも、そのうち思い出すだろ」


 ジークには落胆のため息に見えたようだが、実際は安堵のため息だ。

 記憶を戻す魔法があったとして、それを今の僕に使われても困る。


「それにしても、ハイドルクで魔法陣の研究をしていた人を何人か知ってるけど、こんな陣を思いついただなんて、聞いたことないわね」


 ハイドルクといえば、魔法研究が盛んな国で、有名な魔術師のほとんどがハイドルク出身だ。この陣を作り上げたレイエラの出身国でもある。


「シャーテさんって、ハイドルクのことを知ってるんですか」

「さん付けするなら、親しみを込めてシャー姉って呼んで欲しいな。この団に入ったなら家族みたいなものでしょ」


 呼び名って、自分から言い出すものでもないような気がするのだが。しかし、僕の地位は彼女よりも下だし、本人の希望ならばそう呼ぶしかなさそうだ。


「えっと……、シャー姉はハイドルクのことを知ってるんですか」


 言い直すと、シャーテは満足げにうんうん頷き、


「知ってるも何も、あたしはハイドルク出身だし」

「そうなのか?」


 どうやらジークはシャーテの出自を知らなかったようで、驚いていた。


「あら、言ったことなかったっけ」


「初耳なんだが」

「じゃあ、もっとあたしのことを知ってもらわないと」


 何というか、シャーテはずいぶんジークにご執心のように見える。

 シャーテはどういう経緯で星幽旅団に入ることになったのだろうか。劇中にいなかっただけに気になる。


「今度行ってみるか? 確かアスタロットもハイドルク出身だったよな」

「あたしは国へ帰りたいとか思ってないな。上から下までみーんな腐ってるし」


「アスタロットもいい顔しない。ハイドルクは魔法を使えない人に排他的」

「そういえば、あの国はそうだったな」

「ん?」


 それは変だ。

 ハイドルクは魔法階級制度があり、魔法を使えない人間は下級市民として扱われる。が、それは過去の話。

 レイエラが起こした武装蜂起によって、その制度はなくなった設定だ。


「あの国の魔法階級制度って、レイエラによってなくなったんじゃ」

「そんな話は聞いたことないわね。それに、レイエラって?」


 おや?


「レイエラって名前の女性なんだけど」

「んー、あたしは知らないわね。有名人?」

「のはずだけど」


「ルーシーちゃんはどう? 知ってる?」

「ルーシーも聞いたことない」

「そんなはずは――」


 否定しようとしたところで、ジークに軽く背中を叩かれた。


「お前さんは一度記憶をなくしてるわけだし、色々と混乱してるんだろう。魔法を使わないのなら、ここにいても仕方ないし戻るぞ」


 レイエラはハイドルクを大きく変えた人物として、魔法を使わない人間からも広く認知されているはず。この時間においては、まだレイエラによる反乱が起きていないのか?


 いや、それはない。


 レイエラは十七歳の頃に武装蜂起したと劇中で発言している。

 劇中における彼女の年齢は十九歳。

 現在よりも確実に前の出来事だ。この世界が僕の描いたフォーカードの世界と違っているのは間違いないが、存在しない人物が出てくるのは初めてだ。


 劇中に出てこない、アスタロットとプラン、シャーテの三人。

 そして、この世界に存在しない、レイエラ。


 フォーカードとの食い違いについて、なんとなく共通点が見えてきた。

 プランを除く三人には、ハイドルクの出身という大きな共通点がある。

 漫画ではハイドルクは名前しか出てこない国だが、ことこの世界においては重要な鍵のように思えた。

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