07:ホムンクルス

 医務室にシャーテとイーヴェレが集まると、部屋の空気が一気に緊迫した。

 こうなると僕はただの邪魔者に過ぎず、そっと廊下に身を引く。


 そのまま自室へ戻ってもよかったが、さすがにあのルーシーを見たら戻る気にもなれず、一人廊下で立ち尽くしていた。


 そのまま十分以上、廊下で待ち続けただろうか。

 脳裏には、すすり泣くルーシーの姿が焼きついていて、心が落ち着かない。

 しばらくして、ジークとシャーテが医務室から出てきた。


「ルーシーは?」

 まるで手術から出てきた医者に、容態を尋ねるような気持ちで状況を訊く。

「大丈夫だ。今は落ち着いてる」

 ドアノブに手を掛けようとしたその瞬間、ジークが僕の手首を握った。


「っと、部屋には入らないでくれ」

「ルーシーの……その、容態は……」


 僕が再度問いかけると、ジークは深くため息をついた。


「それについては心配いらない。ただ、今はそっとしておいてやってくれないか」


 その言葉に、僕はそれ以上の追及をためらった。

 ルーシーを思う気持ちは募るばかりだが、今は彼らに任せるしかない。


「お前さんも病み上がりなのにすまないな」

「大丈夫、自分の部屋で休んでるよ」

「そうしてくれると助かる。それと、ルーシーの足のことだが、他言無用で頼む」


 言われずともそうするつもりだ。


「わかってる」


 ジークの言葉に頷き、ルーシーのことが気になりながらもその場を後にした。


      ◆


 そうして迎えた昼。腹の虫に従って食堂へ赴くと、そこは妙な空気に包まれていた。

 おかしい。


 一昨日ジークが言った通りなら、龍の解体は今日で終わるはず。さぞ皆の顔も晴れやかかと思いきや、全くの逆。お通夜みたいなムードが漂っていた。


「おーい、新入り」


 これは一体どういうことだろう。昼食の乗ったトレーを持ちながら周りの様子をうかがっていると、ロワーズに呼び止められた。


「あ、ロワーズさん」

「団長から聞いたぞ。テンペストドラゴンに引き続きお手柄だったな」


 賞賛に似た声をかけられて、ずきりと胸が痛む。


「……そんなことないですよ」


 謙遜じゃない。あれは決して誇れるような結末じゃなかった。


「新入りも今から飯か?」


 僕の様子に、ロワーズは怪訝そうな顔をしたが、龍を狩ってみんなの前で喋ったときもこんな調子だったからか、特に詮索されるようなこともなかった。


「見ての通りですが」


 胃に砂を詰めたみたいな気持ちだったので、正直、食欲はなかった。


「そうか……」


 ロワーズの声には前に会話した時の陽気さがなく、あの時の軽やかな態度とはまるで違っていた。


「なんだか、みんな浮かばない顔をしてますけど、何かあったんですか?」

「飯が最悪でな……」

「飯?」


 思ってもみない言葉が返ってきて、そのまま聞き返してしまう。


「レインは昨日、晩飯を食ってないのか?」

「昨日は昼から倒れてて、今日起きたばっかりですから」

「そうだったのか。じゃあ、知るわけないか」


 ロワーズは眉間にしわを寄せながら、目の前のテーブルを指さした。


「見た目はいいんだが……味が最悪でな。この通りだ」


 彼が指さした皿には、箸の進んでいない料理が盛られていた。

 しかし、みんな暗い様子で何かと思えば、食事の問題とは。裏で起こっている問題を考えると、安心していいのか悪いのか、なんともいえない気持ちになってしまう。


「誰が作ったんです?」

「シャーテだ。オレが思うに、料理を錬金みたいに考えてると思うんだよな」


 やはりというべきか、誰もシャー姉と呼んでいないじゃないか。


「ルーシーは療養中ですしね」

「ん、そうなのか? 団長からは自室に籠もってるけど、そっとしておいてくれって聞いたけどな。んで、今日の晩飯もシャーテが作るって」


 自室? 医務室じゃなく?

 反射的に質問しそうになったが、声になる前に口を閉ざす。

 ジークはルーシーを一人にさせたくて、嘘を言ったのだろうか。


「やっぱ、ルーシーが作ったちゃんとした飯が食いたいよな」

「はあ」


 一つ前の台詞が心の中で引っかかり続け、生返事になってしまう。

 居場所を伏せるにしても『自室に籠もる』なんて言うだろうか? 正直に医務室で療養しているから面会謝絶、だけでいいと思うのだが……考えすぎだろうか。

 だが、何故だろう。嫌な予感がしてならなかった。


「これ、あげます」


 考えれば考えるほど居ても立ってもいられなくなり、僕はロワーズに自分のトレーを押しつけて、席を立った。


「え? おい、ちょっとォ!?」


 ロワーズの嘆くような声が聞こえてきたが、僕は無視して団長室へと急いだ。


「ジーク!」


 ノック無しに団長室へ飛び込む。

 団長室にジークが居るかわからずに来たが、ジークは何かの書類に目を通しているところだった。


「そんな慌てた様子で、どうした。お前さんはしっかり休んでおけ。それと、俺様のことは団長と呼べ!」

「団長!」

「お、おう……」


 せっかく言い直したというのに、ジークは複雑そうな顔をした。


「ルーシーが自室に籠もってるって聞いたんだけど、本当?」

「……本当だ」


 その声には、何か重いものが含まれているように感じた。


「一体どうして?」


 矢継ぎ早に問いただすと、ジークは目を閉じて深く息を吐き出した。


「ルーシーなんだが、ホムンクルスだった」

「へっ!?」


 しばしの間、ぽかんと口を開く。

 驚きとともに、今までルーシーが言った言葉の数々が頭をよぎった。


 言いにくそうにしていた出自、フランコフに捕まったときに放った言葉。

 人ではなく、ホムンクルスだったとしたら、それらの言動が急に意味を帯びてくる。


「足のことを訊ねたら、本人がそう打ち明けてな。致命傷を再生させるためにエネルギーを急激に消費したことで、形を保てなくなったんじゃないかって言っていた」


 ホムンクルスがどんな能力を持っているのかわからないが、話を聞く限りでは超がつくほどの再生能力を持っているらしい。そう考えれば、ルーシーの足が後から生えたこともつじつまが合う。

 だが、僕が聞きたいのはそこではない。


「それが、どうして自室に籠もってるのさ」

「どうも自分がホムンクルスであることに、ひどく引け目をもっているようだった。ホムンクルスであることを打ち明けたのはルーシーからだが、状況がそうさせたのであって、俺様達に知られたくなかったんだろう」


 ルーシーが自分の出自を言いにくそうにしていたのは、そういうことだったのか。


「どうしてそのことを僕に?」


 ジークはそこまでわかっておきながら、どうして僕に教えたのだろう。

 僕が足のことを知ってしまっているとはいえ、隠し通すことだってできたはず。

 ジークは「お前さんに頼みがあるからだ」と言って、真剣な面持ちで僕を見据えた。


「お前さんさえよければ、ルーシーを元気づけてやってほしいんだ」


 もちろん断るつもりはない。

 だが、どうしてジークは僕に頼むのだろう?

 僕の表情だけで疑問が伝わったのか、


「俺様が何を言ったところで、あいつの心には響かないだろう」


 と、ジークにしては珍しく弱気な発言をした。


「そんなことはないと思うけど……」


 ジークなら、なんだかんだでうまいことやってのけるだろうに。


「俺様がなんと言おうと、それは団長の言葉でしかない。あいつには団に入ったばかりのお前さんの言葉の方が、世の総意に感じられるだろうからな」


 ジークの言うことには一理ある。

 ルーシーが気にしているのは、他人からホムンクルスとしてどう見られているのか、という点だろう。


 大丈夫と言われても、それが本心なのか気遣いなのかがはっきりしなければ、本人が欲す答えにはならない。それはルーシーとは出会ったばかりで、より本心を語りそうな僕でなければ、務まらない役目ということだろう。


「それに――……」


 ジークは何かを言いかけて口をつぐんだ。


「それに?」

「なんでもない。忘れてくれ」


 何か意味ありげなことを言おうとしていた様子だったのは、気のせいではないはず。だが、ここでジークが言い止したということは、何か理由があるのだろう。


「……わかった。出来る限りのことはしてみるよ」


 早速、ルーシーに会いに行こう。

 急いで部屋から出ようとしたところで、背後から「レイン」と呼び止められた。


「お前さんのような奴が仲間に加わってくれて、嬉しく思うよ」


 振り返ると、僕が描いたことのない穏やかな笑みをジークはたたえていた。

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