13:ノクターン
「あのとき僕の前に現れたのは……」
おぼろげだった記憶が、鮮明になっていく。
刺された後で、僕はこの女と会っている。
「ああ、そうさ。キミの最期を看取ったわけだ」
やはり僕は死んだのか。
今はレインとして生きているとはいえ、虚無感が半端ない。
「連れてきたってことは、体の持ち主である元のレインはどうなったんだ」
「おかしなことを訊くね。神であるボクを以てしても、特定の人間に別の魂を入れる方法なんてない。キミは誕生してからずっと変わらずレインさ」
「でも、昨日以前の記憶がないんだけど」
「単純な話さ。前の記憶と混線して、ロストしてしまったのだろう」
つまり、フランコフに捕まっていたあの時に、前世の記憶を思い出したとということだろうか? 僕にとっては死ぬ前と昨日の記憶が地続きになっているので、なかなか信じられない。
「…………」
僕は黙って、今の自分の手をじっと見る。
やはり、元の体の手だ、といった感想しか出てこず、もともと主人公のレインだったといわれても、いまいちピンとこない。
回答が得られても、自分の中ではいきなりレインになったとしか感じられず、僕という存在が何なのかというのは宙に浮いたままだ。
だが、彼女の言葉の信憑性が増してしまっている今、鵜呑みにするしかなさそうだ。
参ったな。
おしゃべりと言われたが、気軽なトークじゃなくなってきた。
「それで、そんな僕をここに呼んだ理由は何だ」
ノクターンの目的がなんなのか。こちらから切り込んでみる。
「キミと話したかったという気持ちもあるよ。けれど、こうしてキミをここ――いや、この世界に招いたのは、これからやって欲しいことがあってのことだ」
「僕にできることならいいけど」
魔王を退治してくれなんて話なら御免である。
二百五十年前の魔族戦役時ならともかく、現時点における魔族の王は無害な存在だ。こちらからわざわざ干渉する必要もないし、仮にフォーカードの話通りに進めば、魔王どうこうの前に世界が滅びかねない。
「残された神の二席。そのうちの一つ、破壊の神の座にとある人物を座らせようと画策している者達が居る」
とある人物……。
フォーカードの内容を引用するならば一人しかいない。
「セレネ……」
何を言っていいかわからず、僕が名前を呟くだけに留めると、ノクターンは不敵に口端をつり上げた。
「その彼女を席に座らせないよう阻止して欲しい」
参ったな。完全にフォーカードの通りだ。
「それは間違いなくこれから起きることなの?」
「間違いなく、ね。今すぐの証拠を示すのは難しいが、これから先、セレネからキミたちへ連絡がある。それで正しいかわかるだろう」
ノクターンは考える素振りもなく、あたかも真実であるかのように即答した。
フォーカードの内容通りであれば、セレネから自分を誘拐してほしいという依頼が星幽旅団に舞い込むはずだ。おそらく、彼女の言う連絡とはこのことだろう。
「でも、他人にどうにかしてほしいだなんて神らしくもない。神なら、なんとかできるんじゃないのか」
「それを君が言うか」
「どういうこと?」
「いや、忘れてくれたまえ。できることは既に試したさ」
ノクターンは力なく首を横に振り、
「けれど、駄目だった。神の座に空席があるのは、不安定な状態のようでね。世界の意思に混じったボクが言うのもおかしな話だが、阻まれるのだよ。それがまるで摂理とでもいうかのようにね。そこにはボクでも知り得ない複雑なロジックが介在している」
その世界の意思とやらは、僕の漫画のことだったりしないだろうか。
「だから、キミにやってほしいんだ。使命ともいってもいい。理から外れ、この世界の干渉を受けない唯一無二の人間だからね」
僕は目を瞑って、椅子に深くもたれかかった。
セレネが破壊の神に目覚める原因。
それは、セレネの父――もとい、ティルア王国の国王が、神になれる素質のあったセレネを国の兵器にしようとしたことが原因だ。彼女もそのことに気づいており、誘拐してほしいという依頼はそれが元になっている。
何もしなければ、世界は破局を迎える。
神として、それは見過ごせないのだろう。
僕はゆっくりと目を開き、ノクターンの目をじっと見た。
「そのことなら、頼まれずともやるさ。だけど――」
阻止するだけじゃだめだ。絶対に。
「セレネは殺さない。世界も、彼女も救ってみせる」
僕の言葉にノクターンは満足そうに微笑むと、僕を指さした。
「名残惜しいけど、どうやら時間のようだ」
「時間? ……ってなんだこれ!?」
手が透き通って、向こう側が見えてしまっている。
透き通った手の向こうで、ノクターンは笑みを崩さず穏やかな眼差しを僕に向けていた。
「最後にキミの気持ちが聞けてよかったよ」
「最後って――ッ!?」
言い終えるより先に、声が出なくなってしまった。
「――……――」
ノクターンには聞きたいことがまだたくさんあるというのに、どうしてだ。
「また会おう、レイン」
次第に視界が白みがかってゆき、別れの挨拶だけが僕の耳に届いた。
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