09:クイーン・オ・メサイア
「……妙だな」
ジークと一緒にデッキにいる最中。ジークは急に首をかしげた。
「妙?」
僕がオウム返しに訊ねると、ジークは頷いた。
「相手は飛蜂っていう中型の飛行船に乗ってきているんだが、スピードで言えばあちらさんの方が数段上なんだよ。それが、とっくに追いついている時間を過ぎている」
「フランコフの船じゃないとか?」
「つけておきながら、交信に応答しない戦闘艦だ。間違いなく奴らだろうよ」
ジークは顎に手を当てながら、伝声管へと近づいた。
「見張り台。聞こえるか」
『ああ、聞こえてる』
スターダスト号に取り付けられた伝声管は管ではなく、魔道具だ。
そのため、すべての伝声管が繋がっており、少し離れた場所に居る僕の耳にも、見張り台にいる男の声がはっきりと聞き取れた。
「敵は近づいてきてるか?」
『いいや、距離を保ったままこちらの様子を窺っているように見える。どうやら、強襲する気はなさそうだ』
「兵装はわかるか?」
『見たことないタイプだ。火器類はなく、二本の長い槍みたいなのが機体の前に取り付けられている。あれは多分、魔導具だ』
二本の槍の魔導具?
「魔法部隊は今どこに居る」
『全員船尾に居るッス』
見張り台の男の次は若い女の声が聞こえてきた。
「今のは聞いたか」
『聞いてたッス。けど、だーれもわからないッス』
見張り台の男が誰かは分からなかったが、こちらはすぐにわかった。
この独特な喋り方。この声の主は間違いなく、クーリャだろう。
「シャーテも知らないって言ってるのか」
『先輩なら、今日は魔族領に行ってるッスよ』
ジークは苦い顔をして舌打ちをした。
「仕方ない。何があるかわからないから、いつでもプロシードの魔法を張れる準備はしておいてくれ」
『了解ッス』
一通り会話を終えたのか、ジークは腕を組んで黙り込んだ。
「その魔導具。クイーン・オ・メサイアかもしれない」
「なんだ? その酷い名前の魔導具は」
「魔導技師王のウラヴィスが作った魔導具だよ」
二本の槍の魔導具。その昔、設定資料本に書いた覚えがある。
名前については、ぱっと思い浮かんだだけだ。
酷い名前と言われればそうかもしれない。
「ウラヴィスの魔導具って、
「そのレプリカって可能性もある。少なくとも、同じ形状の魔導具はないはず」
聖遺物は失われた技術で作られた魔導具の総称だ。
だが、ウラヴィスの魔導具は違う。
魔導技師王と呼ばれる天才が作ったとて、機構の一つ一つが複製できれば、原理を理解していなくても模造品を作れるだろう。
「お前さん、そういうことは覚えてるんだな」
「ああー……、なんでだろう」
しまった。つい口を滑らせすぎた。
「まあいい。名前はわかったが、どんな代物かは覚えているのか?」
「魔法が使えない人間でも、フォトンバーストを使える代物って言えばわかるかな」
僕がフォトンバーストと言った瞬間、ジークの顔が強ばる。
フォトンバーストは聖属性の上級魔法で屈指の威力を持つ。
日本語に置き換えるなら、凝集光のレーザーといったところか。
一発の銃弾のように攻撃範囲が狭く、軌道は一直線。
それでいて持続した攻撃性能を持たないが、それらの短所を軽視できるほどの威力と速度、長距離攻撃能力を有している。
「その話が本当なら、近づいてこないのも納得だな。フォトンバーストなら、ロングレンジでこちらを一方的に叩ける。だが、なぜあいつらは撃ってこない?」
「二本の槍へマナを満たした上で、光を集める必要があるんだ。だから――」
僕は空を指さす。
「分厚い雲がかかっている今、充填に時間が掛かっているんだと思う」
ジークは二、三度うなずき、再び伝声管へ顔を近づけた。
「魔法部隊。相手はフォトンバーストを打ってくるぞ」
『ひ、ひええぇ……。そんなの打たれたら、障壁が間に合わないッスよ!』
「相手は連発出来ないはずだから張り続けるなりして、一発だけ耐えてくれ。こちらも指を咥えて見ているつもりはない。一発抑えたら、こちらから迎え撃つ」
『今からでも突っ込めないッスか?』
「駄目だ。相手の手の内が読めないうちは下手に動かない方がいい。万が一フォトンバーストが来ても、この距離ならいくらか減衰しているはずだ」
『むむ……障壁を多重に張ってても貫通されるかもしれないけど、やってみるッス』
「まって」
話がまとまりそうだったので、口を挟む。
「障壁と同時に巨大なミラージェを展開出来ないかな」
『だ、誰ッスか? そんなヘンテコ要求をしてくるのは』
先ほどルーシーが、僕に向けて使用した魔法。
攻撃的な要素も防御的な要素もなく、ただ目の前に鏡の幕を生成するだけ。
鏡は古くから神聖なものとされていたが、ことフォーカードの世界においてもそれは変わらないだろう。
祭事などに使うためだけに編み出されたものだろうから、そういう感想が出てもおかしくはない。
だが、鏡の本質は光を反射すること。
フォトンバーストを使ってくるとわかっていれば、これ以上に無い防御と化す。
「今の声は新人のレインだ。すまないがレインの言うとおりにしてくれ」
『団長。新人の言うことを聞くんスか?』
「相手の動向がつかめない。今はレインの言うことを信じるしかない」
『了解ッス』
ジークは伝声管から顔を離すと、僕を見た。
「さて、俺様達も船尾に向かうぞ」
僕は黙ってうなずき、ジークの後ろについて行く。
船尾に近づくほど危険なのだろうが、クイーン・オ・メサイアが相手ならこの船に安全な場所はないはず。それに状況がわかれば、色々と手を打てるかもしれない。
僕たちは右舷の通路から、船尾へと急いだ。
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