第22話
桃園さんは言わずと知れた美人である。高校2年生の容姿を語るのに美人という言葉を用いるのはいささか色眼鏡が過ぎるかもしれないが、ちょっと聞いてほしい。
高等学校というのは第二次性徴が終わって心と体が大人になる準備ができた頃にようやく入学する、大人の卵たちが集う場所である。体の成長が止まったとはいえ子供らしさは多分に散見され、偏差値によっては猿の王国と機械文明が支配するディストピアくらいクラスの雰囲気が変わってくる。騒がしいヤツは騒がしいし、真面目なヤツはとことん真面目である。そうしてすべてに
ところが桃園さんはそんな高校生たちとは一線を
洗練された真面目さ。洗練された騒がしさとはなんぞや。不思議に思う方もいるだろう。そんな人は桃園さんを見ればいい。はしゃぐべき時をわきまえ、真面目になるときをわきまえている桃園さんこそ洗練された大人と呼ぶにふさわしいではないか。そんな桃園さんだからこそ美人と呼ぶにふさわしいではないか。
放課後の教室に四人の男子生徒が残っていた。
「つまりだね諸君。桃園さんこそ聖女と崇めるにふさわしいという事を僕は言いたいのだ」
眼鏡をかけたモヤシのようなひょろ長い男が強引に話をまとめた。
彼の正面には三人の生徒がおり、それぞれ思い思いの姿勢で椅子や机に腰かけている。
一人は特徴的なヘアスタイルの男だ。砂粒みたいな坊主あたまに幾何学的な剃りこみを入れた、なんとも形容しがたいヘアスタイルである。唯一机に片膝を立てて腰かけており、ときおり他の三人を気にかけるように見回しては満足そうに頷いている。どうやら彼がリーダー格らしい。一人は太っている男だ。常に汗をかいており、何か一言話したら汗を拭く。何か動作をしたら汗を拭くといった具合にとにかくハンカチを手放さない男である。残る一人は背の低い静かな男だ。常に無表情で何を考えているか分からない。けれど、折に触れて芯を突くような事を言うから侮れない男である。右ひじを椅子の背もたれに引っかけるようにして小説を読んでおり、他のメンバーの議論を流し聞きしているようだった。
そのうちの太った男が頬を拭きつつモヤシ男に異を唱えた。
「ちょっと待って。その主張は議題から逸れているんじゃないのかな」
「まあそういう事になるかな。しかし信じる者は救われる。桃園さんを慕う者はみな桃園さんの特別なのだ」
「神の絶対愛ということが言いたいのかい?」
「推しへの愛は、一対一が無限数存在するという事だよ」
「推しだと!? やっぱり議題から逸れているじゃないか!」
「諸君、そこまでにしたまえ」
幾何学的ヘアスタイルの男がパンと手を鳴らしてデブとモヤシの口論を止めた。「山田くんは何か言いたいようだね?」
山田というのが太った男であるらしい。「そうだ」と頷くと勢いづいて話し始めた。
「僕は岡崎さんのような人こそ素晴らしい女性だと思う。あんなに美味しそうにご飯を食べる人はそうそういないよ。桃園さんが世界を股にかける女ならば、岡崎さんは身近な幸せを運んでくれる人だ。僕は家庭的な幸せがあればそれで良い」
どうやら彼らは理想の彼女について議論を交わしているらしい。と言っても積極的なのは小野田と山田だけで、静かな男は我関せずといったふうに小説を
私は口を挟もうかと思ったけれど、もう少し見守る事にした。
「でもさ、桃園さんと言えば誰もが憧れる恋愛マスターだ。あの人のアドバイスは百発百中。破局の危機に瀕したカップルでさえも簡単に持ち直させてしまうらしいよ。そんなに優れた経験則を持っているなら、例え僕がヘマをしたとしても許してくれそうじゃないか」
「恋は対等であるべし。同い年ならむしろ互いに助け合っていくべきだと僕は思うがね」
「その関係はどちらかが力を持った瞬間に崩れてしまうよ。桃園さんなら最初から主導権を握ってくれるし、経験があるのだからヘマすらも可愛いと思ってくれるはずだよ。岡崎さんなんてただ食べっぷりが良いだけじゃないか」
「なんだとぉ!」
二人は喧嘩を始めた。まるで子供の集まりみたいだ。リーダーはこれを手で制して「笠倉くんはどう思う?」と読書男に話を振った。場を取り持つ人間の危機管理能力だろうか。
ところが笠倉くんは「え、僕?」と迷惑そうに顔を上げた。
「そうだ。君も
「えぇ……柊くんに呼ばれたから来ただけなんだけど……」
笠倉くんは困ったように視線を右に左に動かして辺りの反応をうかがっている様子。しかし三人の視線が自分に向いている事を悟ると、ようやく観念したらしく、「そうだな……」と教室のある一点を見つめて「桃園さんはやめた方がいいんじゃないかな」と言った。
「恋愛マスターが? なぜ?」と、柊。
「だって……僕は信用できないと思うから」
「信用できないって、どのへんが?」と、山田。
「具体的にどこと言われても困るんだけど」
ところが笠倉くんは「やべっ」と言って顔を逸らしたではないか。
柊がすかさずなぜ顔を逸らしたのか問うた。すると笠倉くんは見つめていた方向を静かに指さした。
私はおとなしく入口の陰から進み出て笠倉くんに言った。
「もしよろしければ、私とお付き合いしていただけませんか?」
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