第48話
「花凜さ~~~ん! そこにいらしたんですね!」
「あら、香月さん……いかがなさいましたか?」
「ずっと探していたんですのよ~~!」
金髪の少女はアイツの手を取ると強く上下に振った。
この子が話にあった香月家の令嬢、香月クロエであろう。日本人離れした金髪碧眼の持ち主であるが、れっきとした日本人らしい。コイツから聞いた話だと、祖父母のどちらかがフランス人で、香月楼も祖父母が始めたのだとか。彼女は両手を強く振ると感極まったように目を赤くした。
「
「ああー、それはー………」
と、アイツが僕の方を見た。珍しく気圧されているようである。僕は笑いをこらえつつアイツの前に進み出た。
「ごめん、僕が誘ったんだ」
「……あなたは?」
「僕は笠倉という。君が香月クロエさんだよね?」
「――あ! 花凜さんの彼氏さん!」
「……へ?」
「初めまして! 私は香月クロエと申します! 花凜さんからお話は伺っていましたがとても利発そうな方ですね! これからは家族ぐるみのお付き合いになると思いますが
さきほどまでアイツを襲っていた台風が今度は僕をとらえた。女の子らしい柔らかい両手でぶんぶんと上下に腕を振り回される。それは中井優美を彷彿とさせるほど力強く、そして彼女以上にひたむきな純粋さであった。さしもの僕も面食らってしまって「よ、よろしく……」としか返すことができなかった。
「それで、二人でこんなところにいたということはやっぱり逢引きですか!? きゃーー! 私、もしかしてお邪魔だったのかしら!?」
「あ、逢引き……?」
「お付き合いされているんですものね! やっぱり初めての着物姿は彼氏に見てほしいですよね! 配慮が足りずに申し訳ありません、出直してきますわ!」
そう言うが早いか香月クロエはパッと身を翻すと来た方向に駆け出していった。
まさに台風一過。僕たちは
「……すごいやつだな。桃園花凜の友達は」
「ええ、本当に……」
「あれと数年間付き合ってきた君に尊敬の念すら覚えるよ……」
「……どうも」
コイツの目的は香月クロエに正体を悟られないこと。そのために僕を呼んだと言うが、なるほど、あれの誘いを断るには第三者を呼ぶほかあるまい。
純粋で善意にまみれた人こそ騙して利用しやすいのだけど、ああして押し付けてくる人間にはなかなか難しいところがある。香月クロエからイニシアチブを取り返すことは至難の業に思われた。
そうして僕がため息をついていると、ふいにキャリーケースに目をやって、アイツが言った。「もしかして、これからチェックインをされるのですか?」
「そうだね」
「それならなぜこんなところに連れてきたんです?」
「見られたらまずいかなと思って」
僕は肩をすくめた。「まあ、もう見つかったからどうでもいいけど」
「そうですね。私も、そろそろ戻らないと香月さんに質問攻めにされそうです」
「ああ、早く戻れ戻れ」
「そんなふうに言わなくたっていいでしょう?」
そんなことを言いながら僕たちは香月楼へと向かった。
☆ ☆ ☆
僕がカウンターで受付をしている間、アイツはエントランスのソファに座ってスマホを構っていた。香月に連絡でもしているのだろう。「また後で」と声をかけてから、ふと、僕はある事を思い出した。
「そういえば、香月クロエは僕のことをなんと呼んだ? お前の彼氏と言わなかったか?」
「ああ、あれ、勘違いしてるんですよ」
「勘違い?」
「ええ。友達はできたかと訊かれたのであなたの名前を挙げたら、それはきっと恋ね! って。どうしてそう思ったのでしょうね?」
「…………………」
コイツは小首をかしげた。
(どうしてって、コイツが甘えきっていることは誰が見てもすぐにわかるじゃないか。なぜ自分で理解できないのだろう)
僕は文句の一つでも言ってやらねば済まない気になった。僕は誰とも付き合わない。恋愛などはなから御免である。
「とにかく、僕と君はそういう関係ではない。今は利用できるからいいけど、必ず誤解は解いておけよ」
「私もそうしたいんですけど……あ、香月さん! これからどこへ行きましょうか」
「おい! 絶対だからな!」
「わかってますよー」
アイツはトテトテと駆けていった。
僕は不安な気持ちを抱えながら、指定された号室へと足を進めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます