第47話
電車に揺られること約2時間。いくつかの乗り換えを経てたどり着いたG県は青葉のまぶしい片田舎であった。自然に溶け込む木造の建屋が街道沿いにズラリと並び、街の真ん中を流れる大きな川の傍らに立派な木々が生えそろう。行き交う人々の中には外国人の姿が多くみられ、良い匂いを漂わせる店の中にはジェラートやクレープが混ざっている。あたかも現代日本を象徴するような光景に僕は感動を覚えた。
川の源流を辿っていけば旅館が見えてくる。香月楼という旅館だ。岩肌のようにそびえるあの巨大建造物は眼下の町を見下ろすように堅牢である。江戸の末期とか明治時代とかに建てられたらしく、白いモルタルの壁にこげ茶色の木材が幾何学的模様を描いて張り巡らされているさまはヨーロッパの建造物を彷彿とさせた。
「ずいぶん立派な旅館なんだな………」
新人アイドルの炎上工作のためにこんなところを用意するなんて。よほど期待されているということだろう。訪れている客はみな身なりの良い賓客ばかり。ケチな生活を続けてきた僕には少々肩身が狭く感じられる場所だ。こんなことが無ければ絶対に来たくないと思った。
「ハーフティンバー様式というそうですよ」
「うん……?」
聞き覚えのある声が背後から聞こえた。
振り返るとアイツがハデな赤い着物を着て立っていた。どうしてここで会ってしまうのか? もし未亜と遭遇してしまったら面倒臭いことになる。僕は軽く右手を挙げて挨拶すると、人目に付かない場所にこっそり移動することにした。
「ずいぶんと早い到着ですね。こんな時間に来てもすることなんてありませんよ?」
「ああ、別に。せっかくだから少し観光でもしようと思ってね……その恰好はどうした?」
「香月さんのおばあさんが着付けの講師をしているらしく、どうしてもとせがまれたものですから……」
そう言ってアイツは胸元に手をやった。「……似合いますか?」
軽く化粧をしているのか頬に赤みがさしており、いつもは人を突っぱねるように鋭く光る瞳も今はしおらしく見えた。もともと背が高く線の細い体付きをしているからか、イギリスの生まれだという割にアサガオ柄の着物がよく似合っている。首を上げて下げて全身を眺めている間、コイツは立ち止まって、女の子みたいにモジモジと揺れていた。
お団子のように束ねた髪や着物に合わせて付けたマニキュアなど、可愛い要素を上げればキリがないくらい似合っている。
僕はどう答えるか迷ったが、一度手を取ってしまった責任がフッと胸に沸いてまじめな答えを返さなければならない気になった。
「似合っていないわけじゃないけど……赤色は少々ハデではないかな。水色とかなかったのか?」
「私だって赤は嫌でしたよ。でも、香月さんが寒色を望まれたので、仕方なく暖色を選んだんです」
「香月クロエ……香月家のお嬢様だっけか?」
「ええ、本物のお嬢様です」
コイツはなぜか本物という単語を強調して言った。そして問いただすような眼を僕に向けた。「で、どうなんですか。似合ってますか?」
「……まあ、似合ってるよ」
僕はそう答えてふいと顔をそらした。なぜだか見つめられていることが恥ずかしかった。
「本当ですか?」
「嘘はつかない。ほんとに似合ってる」
「うふふ、良かった」
☆ ☆ ☆
僕たちは旅館の周りを歩きながら少しだけ話をした。取るに足らない雑談である。今日何をすればよいかは前もってコイツから聞いているから改めて話す必要もない。それに、どこで誰が聞いているかも分からない場所で口に出すほど、僕も馬鹿じゃないのだ。
「それで、この後どこに行かれるつもりですか?」
「決めてないな。とりあえず土産屋を回って金曜倶楽部の面々の嫌がらせついでにお菓子でも買っていこうと思うんだけど」
「私もご一緒して良いですか?」
「なんで?」
「行きたいからですよ」
僕はさっさとチェックインして部屋でのんびりするつもりであった。土産なんて嘘っぱちである。適当なことを言って誤魔化して、さっさと一人になりたいという気持ちでいっぱいだったけれど、どうしてだかコイツは離れようとしない。
こんなところを未亜に見つかったら大変だから早く離れてほしいのに。
「しかし、あんたにも連れがいるんだろう? 着物まで着せてもらったんだから一緒に過ごしてやれば良いのに」
「その友達なんですけど……いま、ちょうど着付けでてこずっているらしく……」
そう言ってコイツが振り返った時だった。
こちらに駆けてくる金髪の少女の姿が見えた。
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