第46話


 そうしてついに訪れた決戦の日。その日の駅前はいつもと違って見えた。遠くへすべっていく電車の音が僕を不安にさせた。


 未亜と一緒に向かうものとばかり思っていたけど、彼女は撮影隊と一緒に移動するらしい。


「映画の撮影があるからね。ロケはちょっと離れたところでやるんだけど……また後で、旅館で合流しましょ」


 ということだった。


 アイツはアイツで、「私は香月さんと向かいますから……また夜にお会いしましょう」という冷たいラインを送ってくるし……


 そんなわけで僕は一人でG県へ向かうこととなった。


「どうして巻き込まれた側の僕がこんな目に合わなければいけないのだ? 君ら二人の人生など知ったことではないというのに。なんなら今すぐバックレたっていいのに。どうして僕が約束を守ると信じられるのだろう。僕なら僕を信じないがな」


 切符を買ってキャリーケースを引いてホームへと向かう。ぶつぶつ呟きながら歩いていると、ふと誰かに声をかけられた。振り返ると瑠花たちがいた。


「せんぱ~~い! 先輩も旅行ですか?」


「笠倉君は気ままな一人旅かい? いいね」


「ああ、うん。君たちは家族で旅行か。どこに行くんだい?」


「N県だよ。あそこは有名な大仏があるから見に行きたいと父が言うもんでね」


 柊くんはそう言って肩をすくめた。彼はあまり興味がないらしい。


「そうかい。僕は実家に帰るつもりだよ」


「実家に?」


 と言って瑠花が首をかしげた。「先輩の実家ってどこですか?」


「ドが付くくらいの田舎だよ。K県だからいくつか乗り継がないといけない」


「え、私もK県が地元なんです! わあ、先輩も一緒なんですね!」


 瑠花がそう言って花咲くような笑顔を見せた。一緒も何も同じ家で育ったのだから当たり前だろう。僕は苦笑いを返しておいた。


「しかし、ということは逆方向だな。せっかくなら道中一緒にと思ったんだが」


「ああ、気にしなくて良いよ。家族水入らずのところ悪いし」


「そんなことありませんよ! ねえ、先輩も一緒に来ませんか? あたし先輩と一緒に行きたい!」


「一緒にって言われてもな……」


「ねえ行こうよせんぱいっ。先輩ってけっこう女子力高いですよね? 大仏とか鹿とか見てもつまんないし、一緒にご当地スイーツ巡りしましょうよ!」


「こら、瑠花。笠倉さんに迷惑でしょう?」


 と、母親が瑠花をなだめた。しかし彼女は納得しかねるのか「だってお義兄ちゃんったら友達と話してばかりでつまらないんだもん。先輩の方がずっと話しやすいよ」と、駄々をこねた。


「もう、そうやって……ごめんなさい、この子ったらいつもこうなんです……」


「いえ、気にしないでください」僕は手を振って答えた。「まあ、実家に帰ったところで誰も待っていないから、予定を変えても困る人はいないんですけどね」


「実家に人がいない……?」と訊ねたのは柊くんだった。


「うん」


「どういうことだい?」


「まぁ、いろいろあってね。一言では語りきれないのだけど、電車の時間があるから失礼するよ」


 そのままスンナリ去ればよかったのだけど、このとき僕は余計な事を言った。言わなければよかったと後悔したのは後になってからのこと。僕は沈黙を続ける父に苛立って、柊くんの質問についこう答えてしまった。


「それじゃあ、君は何をしにK県まで行くんだい」


「墓掃除だよ。母がいたんだけど、僕が小さいころに他界してね。それから僕はたまに実家に帰って墓掃除をしているんだ。僕の家族は母だけだから、僕が掃除をしないと汚れるばっかりでさ」


「………………」


「そういうわけでごめん、瑠花。後で写真でも見せてくれ」


 僕はそう言い残してホームに向かった。ちょうど電車がつ時刻だった。


 余計な事を言ったという自覚はなかった。むしろ、気づいてくれという思いの方が強かった。僕の中に少しでも家族だと思う気持ちがあったのだろう。何か少しでもリアクションを見せてくれたらそれで良かった。それだけで救われたというのに。


「あーあ、笠倉先輩と行きたかったなぁ!」


「瑠花、あまりわがままを言ってはダメだよ。実家のお墓を掃除するなんて立派じゃないか。さあ、私たちも行こう」


「わかったよ、お父さん……」


 良い父親ぶるあの男をこそ許してはならないのだ。


     ☆ ☆ ☆


 父に会うのはずいぶん久しぶりであった。昼間は会社にいることが多く、遊びに訪れたとて挨拶をするだけであったから僕が息子だと気づくはずもない。それを差し引いたとしても、あの男は重度のお人よしで騙されていることにも気づかない大馬鹿野郎だ。


 父がもう少し利巧だったら母は死なずにすんだかもしれないし、僕が目を付けられることもなかっただろう。


 あの男は家族を守る事が出来なかった。

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