第2話


 桃園ももぞの花凜かれんというのが私の名前だ。花のように美しく凛とした女性に育つようにという願いを込めてつけられたらしい。とはいえ私にとっては、識別番号のようなものにすぎない。愛着なんてない。でもそれが与えられた使命なら頑張って遂行するのみだ。


 自分で言うのもなんだけど、花凜らしく生きる事は出来ていると思う。


 腰までかかる銀色の髪。朝日に照らされる若葉のように艶やかな肌。身長は高校生にしては高い方で、なんと160センチもある。やせ型だし、胸部もまあまああるからスタイルは良い方だと自負している。……寄せれば谷間ができるんだから、充分あるでしょ? もちろんこれを保つためのスキンケアやストレッチは欠かさない。


 人に好かれるにはまずなによりも美しいことが大切だ。外見よりも中身なんていう人がいるけれど、そんなのは男女の家庭的な恋愛に限った話だ。私はそんなものを必要としない。


 多くの人に好意を持たれている人は信用されやすいと私は考える。雨粒が集まって川になり海へと集まるように、一人一人の好意は小さくても集まれば大きな信頼になり、多くの信頼は新たな信頼を呼ぶ。この循環を作るための第一歩が『美しい』という事。彼らから貰ったこの容姿はその循環を作るために都合が良い。最低な人たちだけれど、それだけは感謝しなければならないだろう。


 私はみんなに好かれているし、私も同じだけみんなを好いている。高校生活は順風満帆。良い大学に行って彼らの会社を継ぐ事ができたとき、ようやく私の人生が幕を開けるのだ。


 ただ一つだけ誤算があるとすれば、恋愛指南役となってしまった事だろうか。しかしそれも作り上げた信頼の前では大した問題ではないだろう。


 私は美しく聡明でなければいけない。そうしてみんなに頼りにされる事を目標に生きてきたのである。


     ☆ ☆ ☆


「れんれん! れんれんねえ聞いて!」


「あぁ……小宮さん。今日も朝から元気ですね」


「ん、そうでもないけどね。でさ、昨日のアレみた?」


 先ほど順風満帆と書いたが、アレは嘘だ。私の一日は台風に襲われる所から始まる。


 小宮朱音は話題がすぐに移り変わるから苦手だ。


 朝。昇降口で靴を脱いでいるとさっそく絡まれた。私が上履きに履き替えるのを彼女は待っているようだった。


「アレってなんでしょう? すみません。私、あまりテレビや動画を見ないもので」


「そうなの? アレって言ったらアレだよ。今をときめくスーパーアイドルミアちゃんの初ソロライブだよ! でも知らないならいーや。あれ、今日のメイクかわいくね? どこの使ってんの? あたしベルスタだけど」


 ほら、もう変わった。


「私は、あーー、実は化粧品にはうとくて……気になったものをとりあえず使ってみるって感じですね」


「へーーー! あ、あのマスコットかわいーー! たこ焼き食べたーーい」


「た、たこ焼き?」


「うん! あ、でも、あたしはかき氷の方が好きかなーー」


「いったい何と比べたんでしょう……?」


 この通り小宮朱音は自由奔放である。彼女と会話をするときは頭を使わないとついていけないから大変だ。どこにどう話題が飛んで、どこで切り替わるのかがまったくわからない。


 小宮朱音と会話をするときの問題点はこれに限らない。彼女を取り巻く陽キャたちの相手をしなければいけないこともまたイヤだ。「おっすー小宮」「今日体育ないのダリくね?」などなど。すれ違うたびに言葉が交わされるのだけど、よくもまぁ中身の無い会話ができるものだと感心する。


 私なら暑いとか、好きな授業が無いとか、そんなことは口にしない。誰でも分かる事をわざわざ伝える必要がどこにあるのだろう?


「ねーー、分かるーー」と、小宮さんに至ってはソレしか言わない。


「小宮さんってすごいですよね。どうやったら彼らと友好関係を築けるのか、私にはまったく分かりません」


「それスゴイって言われるの初めてだなぁ……。んでも、みんな良い人だよ? 一緒にいてたのしーし」


「へぇ……」


 あっけらかんと言われたら、返す言葉が無かった。


 教室に入ったとき、こんな会話が聞こえた。


「小宮のヤツ、また桃園とつるんでるぜ」「あいつのどこが可愛いのか全然分かんねぇ」「あれだろ? 恋愛マスターとか言われてるくらいだし毎日ヤリまくってんだろ」「小宮、ヤリモクで付き合ってんのか。ウケる」


 などなど。運動部の連中がこちらを見てニヤニヤしていた。


 とるに足らない連中だな、というのが正直な感想だった。私のところに相談にくる子の中には運動部の先輩が好きという人もいる。全員が彼らのようだと決めつけるつもりは無いけれど、運動部への印象が悪くなるのは許してほしいと思う。


 私も小宮さんも、彼らを無視して席に向かった。「おーい小宮ーー。マスター選りすぐりの男はどうだった?」と教室中に聞こえるような声で馬鹿にされても、取り合うことはない。誹謗中傷もレベルが低ければ遠くで鳴いているセミと変わらないのである。


「れんれん、ごめんね? 悪い奴らじゃないんだけど、その……」


「気にしないでください。私も気にしていませんから」


「アイツらかまちょだからさ、ああしたら、あたしが怒ってちょっかいかけてくれるって思ってんだよ」


 彼らは小宮さんとよく遊んでいる悪ガキグループであった。陽キャというのも意外と大変なのかもしれない。


「正直、小宮さんが冷静に対処してるところを見て驚いてます」


「なにそれ」と言って、小宮さんは顔をしかめた。「あたしのことなんだと思ってんの?」


「可愛らしい方だなと思ってますよ?」


「絶対バカにしてるじゃん!」


「そんなことはありませんよ」


 小宮朱音と話していると色々な邪魔が入るけれど、この関係に居心地の良さを覚えている事は事実だ。「あなたが友達で良かったなと、思ってますよ」


「………………」


「小宮さん、急に黙ってしまいましたけど、どうしました?」


「……照れた」


「うふふ、可愛らしいですね」


 ところが、さっきの連中の一人がこちらに歩いてきた。私たちは平和に話していただけなのだけれど、どうやら馬鹿にされたと感じたらしい。


「なぁ小宮、無視すんなってぇ。そんな陰キャほっといて俺らとはなそーぜ?」と、ズカズカと私と小宮さんの間に入って来た。


 彼らは言葉遣いが汚いうえに配慮がなっていない。


「最近付き合いわりぃじゃん。そんなに桃園が大切なのかよ」


「そうだよ? だからあんたたちとは話さない」


「うーわムカつく。いいからこっち来いよ!」


 と、男子が小宮さんに手を伸ばした。その時だった。

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