第6話
ひとまずショッピングモールへと買い出しに行くことになった。レシピ集を買う事はやめて、私が作れる物を作るということに決まった。料理の手ほどきができるほど上手なわけではないから不安だけど、小宮さんがそっちの方が良いと言って聞かないから仕方がない。
一度小宮さんの家に荷物を置いてからバスに乗って大型のショッピングモールへと向かう。
ベッドタウンの西側には大型のショッピングモールが建設されていて、ゲームセンターや映画館、足湯やマッサージ店などのリラグゼーション施設などが入っていたりする。付近にはボーリング場や大型の公園が併設されていて、買い物をする場所というよりは、もはや娯楽施設といっても良いくらい楽しそうな場所だ。
よく勘違いされるけれども私は賑やかな場所が好きだ。声というものは不思議なもので、楽しそうな声や笑い声を聞いていると、自然と嬉しくなるものである。昼休みに教室で読書をしていると廊下や教室内から笑い声が聞こえてきたりする。そういうとき私は心が温かくなるのだ。蒸し暑いのは嫌だけど、こういうところは嫌いではない。
「人がいっぱいいますね。楽しそうです」
「お、れんれんが珍しく笑ってる。ここに来るのは初めて?」
「ええ。休日は家で過ごす事が多いですから……珍しいってなんですか。私はいつも笑顔だと思いますけど」
「そうかなぁ?」
小宮さんがジッと顔を覗き込んで来た。「だって今日はいつもより可愛いから」
「か、かわっ!? 可愛くなんか、ないです……」
「あ、照れてる」そう言って小宮さんは笑った。
まるで心の中を覗かれたように感じた。小宮さんがこんな事を言うとは思っていなかったから、虚を突かれたのかもしれない。私は掃き捨てるように「もう、置いていきますよ!」と言って、柄にもなく大股で歩いてしまった。
「うふふ、は~~い」
しかし小宮さんはなぜか嬉しそうに後を付いてきた。
いくら予想外だったからといって、感情をあらわにするなんてはしたない真似をしてしまった事は反省しなければいけない。私は美しくなければいけないのだ。
☆ ☆ ☆
生鮮品売り場は1階にある。まるで大型の業務用スーパーをそのまま移設したかのような広大なスペースに目がくらみそうだ。私たちは食材を一つ一つ見てアレを作ろうかコレを作ろうかと相談しながら買えるだけの食材を買った。かなり急いだつもりだったけれど、それでも時間はかかってしまった。小宮さんの家に着いたのは11時頃だったろうか。
「けっこう時間経っちゃったね〜〜。とりあえずお昼にしよっか」と食材が入った袋をテーブルに置きながら小宮さんが振り返った。玉のような汗を浮かべているが満面の笑みである。その気の抜けたような笑顔に、私はなぜだか、初めてテリトリーに入ったような気がした。
「そうですね。でも、これからお料理をするなら出前を頼まない方がいいのではないでしょうか」
小宮さんがスマホを取り出したのを見て私は言った。
「え、そう?」
「出来上がった料理で済ませた方が経済的なのではないでしょうか」
「あ〜たしかに?」
これから作るのは竜田揚げに卵焼きにナスの揚げびたしにハンバーグボールなどなど、様々である。お昼ご飯なんて食べてたら完成した料理はどうするつもりなのだ。
「じゃあこれ! お母さんのエプロン貸してあげる」
そう言って渡されたのは渋いベージュのエプロンだった。
「小宮さんは?」
「あたしのは昔使ってたやつがあるから大丈夫! ちょっと待ってて!」
「昔?」
「そう。小学校ん時に家庭科でエプロン作る授業があったんだけどさ、それをママがやけに気に入っちゃって、捨てさせてくれなかったんだよね」と言って小宮さんはどこかへ消えた。
小学校の時に作ったものが今でも残っているなんて驚きだ。私なんて残っているかどうかも知らないのに。家庭仲が良いのはいい事だ。
「私もエプロンを作ったら、両親は喜んでくれたんだろうか」
一人で待っていると
そうしてしばらく待っていると「れんれん〜〜どうしよ〜〜」と弱りきった顔で小宮さんが戻ってきたではないか。手にもっているのはハートのアップリケが入ったピンク色のエプロンである。何か問題があったのかと思っていると小宮さんが一言。「さすがにちっちゃかったよぅ……」
「まあ、そうでしょうね」私はため息をついた。
「どうしよ〜、エプロンないと料理できないよ〜〜」
「私はいつもエプロンなんて着けずに料理しますけど」
「ええ!? ダメだよ! 料理をするときは手洗いをしてエプロンを着けてからしましょうって先生に言われなかったの!?」
「さあ、どうでしたっけ……忘れてしまいました」
「どうしよ〜〜〜! このままじゃ料理できないよ〜〜〜〜!」
どうやら小宮さんはエプロンが無いと料理をしてはいけないと思っているらしい。衛生上エプロンの着用が推奨される事は知っているが、いったい全国の人間のうち何割がエプロンを着用しているだろうか? こういった事は面倒くさがりそうなものなのに、あんがい子供っぽいのだなぁと意外に思った。
仕方がないので私は「じゃあ前掛けみたいにしたらどうでしょう」と、エプロンを2つに折ってお腹の辺りで紐を結んであげた。
「こうすれば、まだマシだと思いますよ。あとは汚れてもいい服に着替えれば完璧ではないでしょうか」
小宮さんは機嫌を治したらしい。
「そうだね、そうする! さっすがれんれん!」と言ってまたどこかへ行って、体操服に着替えて来た。
そんなこんなでようやく調理を開始する事ができた。
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