第5話


 小宮朱音から電話が掛かってきたのは土曜日の朝の事だった。


 用件は訊かなくても分かる。笠倉くんの事だろう。惚れやすい所があるとは思っていたけれど、まさか、これほど入れ込むとは……。


「駅前しゅーごーね! ぜったい来てよね!」


「あぅ……分かりました。分かりましたから、もう少し声を抑えていただけると……」


「あたし、待ってるから!」


「…………………はぁ」


 眠い頭を日の光で叩き起こして集合場所に向かうと、彼女はデートにでも行くのかと訊きたくなるくらい気合を入れたおめかしをしていた。私もそれなりに身なりを整えてきたつもりだけれど、今日の小宮さんにはかなわないかもしれない。


 私の姿を見つけると小宮さんは犬のように駆けよって来た。


「おはようございます……朝から元気ですね」


「れんれんは珍しく眠そうだねー」


「今日は……えっと」


「お料理研究会だよ! 笠倉のためにお弁当作ってあげたいんだけど、なに作ればいいか分かんないかられんれんに協力してほしいの!」


「ああ、そうでしたね……」


「忘れないでよね!」


 小宮さんは腰に手を当てて「もう!」と怒った。


 今日は小宮さんの家で料理研究会をするらしい。着いたのは電車に乗って30分ほどの距離にあるベッドタウンだった。駅のホームからはお菓子のアソートボックスのような街並みが見渡せる。開発計画は数年前からスタートしたらしく、ところどころに隙間が見えるけれど、これが埋まったらとても綺麗だろうと思った。


「じゃあ行こっか! ちょっと歩くけど大丈夫だよね?」


「ええ。運動は大好きですから」


「よかった!」


 ここから徒歩で15分ほど行くと小宮さんの住む家が見えてくるのだという。小宮さんに手を引かれる形で私たちは歩き出した。


「ところで今日作るものは決まってるんですか? 私、料理はあまり得意ではないのですけど」


 街並みを眺めながら訊ねる。朝っぱらから電話をかけて来て有無を言わさず呼び出したのだから、当然準備を済ましているだろうと思っていた。こんな蒸し暑い日に買い出しに出かけるなんて御免だし、小宮さんもたくさん練習した方が良いだろうと思う。


 ところが小宮さんはハタと立ち止まって「え、れんれんに全部任せるつもりだったよ?」と言うではないか。


「え、メニューも?」


「うん」


「もしかして、なにも準備してないんですか?」


「え、そうだよ?」


 私が無言で待っていると、小宮さんは観念したらしい。「うぅ、すみませんでした……」と肩を落とした。


 私は自分で料理を作るが、人に食べさせられるレベルには無いと思っている。どんなに不味い失敗作が出来ても食べるのは自分だから好き放題アレンジできるのであって、それを人に食べさせるとなると話は別だ。


「とりあえず、手ごろなレシピ集でも買いますか?」


「えー、スマホでよくない? わざわざ買わなくてもいっしょ」


「インターネットですか……?」


 そんな話をしているうちに小宮さんの家に着いたらしい。見た目は普通の2階建て家屋である。黄色の屋根が特徴的な他は、目立ったアピールポイントも無い。「うぇるかむ、とぅ、まいほ~~む」とドアを開けた小宮さんは、そう言いながら自分が先に中へ入って行った。


 私も後に続いて中に入る。靴を脱いでキチンと揃えて置いておく。人はこういう細かいところに育ちの違いを感じるものだから徹底しなければいけない。


「でも、インターネットのレシピを試してみたこともありますけど、しかるべき人が監修したレシピの方が味は保証できると思いますよ」


「そうかなぁ? 最近は便利だよー? テックトックとかゆうつべとか、いろんな人が動画上げてるし」


「では小宮さんは、インターネットで見かけた料理を笠倉くんに振る舞うというんですね?」


「うぇっ?」


 小宮さんは虚を突かれたような顔をした。たぶん、最近の子はみんなインターネットで調べものをするから、私の言葉が意外だったのだろう。しかし私はそんなものを使わない。だってエビデンスが無いのだから。それに、気になる人がいるのなら自分で試行錯誤した料理の方が好まれると思うのである。


「笠倉くんの好きな手料理というのは、きっと、作った人の想いが込められている料理という意味だと思います。母の手料理とか、愛妻弁当みたいな。オシャレな料理とか美味しい料理を作ってあげたいという気持ちは分かりますけど、インターネットで検索して出てきた料理を動画のままに作って本当に喜ばれるんでしょうか?」


「うぐぅ……」


「もし私が男性だったとしたら、同い年の女の子が作ってくれたお弁当のレシピをネットで見つけたら、ちょっとショックを受けるかもしれませんね」


「そ、そう言われるとたしかに………」


 小宮さんは難しい顔をして考え込んだ。「でも、いきなり重すぎないかな……」


「たいして交流も無い人にいきなりお弁当を作るんですから、どうあがいても重いと思いますよ?」


「それは言わないでよーーーーーーーー!」


 服装や言動はふざけていても根は真面目なのだ。ギャルはみんな陰で努力しているのか、それとも小宮さんが異質なのか、私には分からないけれど、これは小宮さんの美徳だと思う。


「大丈夫。私もフォローしてあげますから」


「本当? 約束だよ?」


 両手で顔を覆って恥ずかしがっていた小宮さんが指の隙間から私をジッと見つめて念を押した。「絶対にフォローしてね?」


「します。約束しますよ」


「うぅ、やっぱりいきなりお弁当はキツイかも……」


「まぁまぁ。そっちの方がおもしろ………気持ちが伝わると思いますから。お弁当を作りましょう」


「いま面白いって言ったよね!? ねぇ! ねえ!?」

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