第16話
家に着くころには18時になっていた。日も長くなって窓の外は明るい。
私はいつものようにシャワーを浴びてから掃除をすることにした。掃除といっても自分でするわけではない。全自動の小型ロボットが床のゴミを掃いてくれるので、邪魔にならないように私は待つだけだ。この小さいのはたいへん便利だけれど困ったところもある。椅子や机の脚に引っかかったり、カーペットの段差で転んでしまったり、とにかく面倒が絶えないのである。少しでも目を離すと動けなくなってしまうのは困るけれど、私が手を貸してあげればすいすいと働く可愛いロボットだ。だから私は料理を作りながら待つのである。
掃除が終わりロボットが定位置に戻ったのを見て、私は安心して調理に集中する。
「小さいけれど働き者で、でも目の届くところにおかないとすぐに困ったことになる。まるで笠倉くんみたいですね。彼も目を離すと何をしでかすかわからないから……でも、あのロボットの方がよっぽど従順で可愛いですね。痴漢にいきなり突っかかる危なっかしさもないし。……笠倉くん」
カレーを作った。今日は笠倉くんとたくさん話したせいか邪念が多いようである。こんなことでは創作料理にも集中できない。どうしてだか、柊に言われたことが頭から離れなかった。
『いまの君たちは仲の良いカップルそのものだよ』
「誰がカップルですか! 誰が!」
ザクッとじゃがいもに八つ当たりをした。
今までも散々言われてきたことで、今まで散々無視してきたことである。それなのに、今日たまたまかっこいい所を見ただけで、どうして頭から離れなくなるのだろう?
もし彼ともっと早く出会っていたら違う未来があったんじゃないか。そんなタラレバが頭に浮かんでしまう。
学校の課題に取り組んでも、心を落ち着けようとポーの続きを読んでみても、頭をよぎる柊の言葉。
「うぅ~~~~~、なんなんですか本当! いい加減にしてください!」
パジャマに着替えてベッドに入っても笠倉くんの顔が浮かんでくる。いい加減ノイローゼになりそうだ。
笠倉くんがなんなのだ! ただちょっと優しくて勇気があって行動力があってたまにちょっとかっこいいだけではないか! でも絶対家ではぐうたらしているし部屋も散らかってて汚いのだ。彼はきっと何も無い部屋でぐうたらするだけに決まっている。私もぐうたらするのが好きだけれど、コーヒーと本と音楽があってこそぐうたらできる。何もせずただ床に寝転がってぐうたらするだけの彼とは違うのだ。
笠倉くんの自堕落な私生活を妄想して溜飲を収める事にした。
彼はきっと24時間ゲームをするのである。床はお菓子の袋で埋め尽くされて、部屋の電気は点けず、テレビの前に座って濁った眼で同じモンスターを倒し続けるのだろう。レアドロップとかいうもののために人生の1割を無駄にするのだ。私はそんな彼の姿を見ておおいに笑うだろう。やっぱりあなたはその程度の人なんですね! と。そして彼は負け犬らしく言い訳を並べるに違いない。
そんな人と付き合ってもメリットが無い。私はそう結論をつけて妄想をやめた。
そもそも笠倉くんには小宮さんがいる。小宮さんが告白さえすれば私たちの仲を疑われることも無くなるし、私が付きまとわれることも無くなる。月曜日にさえなればカタがつくことなのだ。
「早く明日にならないかなぁ」
私は布団をかぶって目を閉じた。
でも、胸がモヤモヤするのはなぜなのだろう。
☆ ☆ ☆
こんな夢を見た。
私はボロ布のような服を着せられて
私は鉄格子にしがみついて毎日「買ってください。買ってください」と懇願するのだ。高そうな服を着た大人が案内人に連れられて檻を物色してまわるところへ、できるだけ同情を催す声でお願いする。でも、誰も見向きもしない。そうして今日も誰かが買われていく。
「ああ、今日も私を買ってくれる人はいないのか……」そう諦めたところで、私の檻の前に誰かが立つのだ。銀色の長い髪の女の子のようだった。歳は6歳とかだろうか。
「あなた、一人なんですか?」
声は寄り添いたくなるくらい優しくて、でも、心配しているとか同情しているとか高圧的とかいう調子はない。ただ興味本位で訊いているのだ。
「一人」
「そうなんだ。じゃあ、私とお友達にならない?」
「お友達……」
私は恐る恐る顔を上げる。そうしてその女の子をみたとき「なんだ、笠倉くんか」と思うのだ。目の前にいるのはたしかに女の子だけど、私は不思議と納得してしまう。
私は安心と親しみを込めて「あなたのお世話になるつもりなんてありませんけど」とそっぽを向く。
「素直じゃないな……ほら、こっちにこいよ」
「……まあ、あなたがそう言うなら、行ってあげないこともないですけど」
「面倒くさい……」
いつの間にか檻が無くなっていた。周囲は真っ白な空間が広がっている。そこへ笠倉くんが一人で立っていて私に手を差し伸べている。
私は恐る恐る手を取る。
夢はそこで終わる。
目を覚ますととてつもない寂しさに襲われる、とても嫌な夢だ。
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