第17話
ついにきた決戦の月曜日。今日は小宮さんが笠倉くんに告白をする日である。同時に私が笠倉くんから解放される日でもあった。
この日をどれだけ待ち望んだことか。
もう付き合っていると言われることもない。不毛な言い争いをすることも、とつぜん話しかけられることもない。なんて幸せな事だろうか。
私は晴れやかな気持ちで登校した。
「あ~~~~~ダメだよ~~~~~~!」
「小宮さん。おはようござ―――――」
「れんれん助けてーーーーーー!」
「きゃっ! なんですかいきなり!」
教室に足を踏み入れたところで連れ去られた。小宮さんはたいへん気が動転しているらしく私を見つけるとすぐさま廊下の隅に連れて行った。頬は真っ赤に高揚していて、目は瞳孔が開いている。「これ、れんれんから渡してくれない?」と手渡されたのは花柄の包みに入ったお弁当箱であった。
「これって……小宮さんが作ったお弁当ですよね」
「そう。これを笠倉に渡して欲しいの」
「それは構いませんけど……でも、小宮さんから渡した方がいいんじゃありませんか? せっかく作った物ですし」
「無理」
「え?」
「むりむりむり! あたしからなんて無理! 絶対渡せない!」
「いや、私からだと勘違いされてしまうかもしれませんし……」
「無理だよぉ! 笠倉に渡すの恥ずかしすぎる!」
今日は晴れやかな日になるはずだった。でも、どうやら、私が一肌脱がないと安寧の日々は訪れないらしい。
小宮さんはお弁当を押し付けた瞬間に脱兎のごとく逃げ出した。
☆ ☆ ☆
私は困っていた。
机の上には小宮さん作のお弁当箱がある。私は私でお弁当を持ってきたから、これを笠倉くんに渡さない事には不自然である。でも、何と言って渡せば良いのだろう? 小宮さんがあなたに渡せと仰ってました。とでも言えば良いのだろうか。でもそれは小宮さんの乙女心をいじめることになりはしないだろうか。お弁当には手紙が挟まっている。昨夜したためてきたのだろう。男女分け隔てなく接する小宮さんがここまで奥手になるのだから、きっと、二人っきりになる事に強い抵抗を覚えているに違いない。
英語の時間が終わって昼休みになった。私はお弁当を渡せずに、机の上に置いて悩んでいた。
笠倉くんがやっぱり訊ねてきた。
「あんた、ずいぶん大食いなんだね。そのお弁当は一人で食べるのかい?」
「まさか、そんなわけないでしょう。これはとある人に渡しておいてくれと頼まれたんです」
「ふぅん、誰に?」
「あなたに」
「………僕?」
笠倉くんはいつも購買でパンを買っている。彼は財布を探していた手を止めて教室をぐるりと見渡した。「なんで?」
「さあ、それは言えませんね。でも、せっかくの手作りですし、今日だけは総菜パンではなくお弁当を食べてみてはいかがでしょう?」
「いいけど、一つ問題が」
「なんでしょう?」
「いまここでお弁当を受け取ると、まるであんたの手作り弁当を貰ったみたいになる。それは不名誉な噂に信ぴょう性を与えてしまうだけだ」
「奇遇ですね。私も、このままだと私が作ったお弁当を渡すように見えてしまうなぁ、と困っていたところです」
「できれば小宮さんには名乗り出てほしいところだけど、名乗り出るつもりはなさそうだな」
「知ってたんですか?」
私は驚きを隠せなかった。
でもよくよく考えてみれば、好物を聞くときに小宮さんの名前を挙げていたから、彼なりに頭を働かせて考えたのだろう。
笠倉くんは小宮さんのところに歩いていくと、何か耳打ちをした。そうしてこっちに戻ってくると、お弁当をサッと取って食べ始めた。
「小宮さんになんて言ったんですか?」
「別に。お弁当ありがとうって伝えただけだよ」
「へぇ……」
小宮さんは顔を真っ赤にして俯いていた。耳たぶまでが真っ赤になっているのだから、絶対に感謝以上の何かを伝えたはずだ。
放課後になると小宮さんが私に抱き着いてきて「わああああああん!」と叫んでいるのだから余計な事を言ったのは間違いない。
「どうしたんですか?」と訊ねると、小宮さんは消え入りそうな声でこう言った。
「これから笠倉がうちに来て……する、ことになった」
「………は?」
「お願い、家まで一緒に来て…………」
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