第40話
まずは僕と朝凪かえでが付き合う事になった経緯から話そう。
それは夏休み前の終業式の日。夏祭りを無事に越して桃園花凜を名乗るヤツへの相談も落ち着いたらしく、僕はようやく解放される事となった。
これでようやく自分の計画に集中できる。夏休みに入れば顔を合わせる事も無くなるし、より動きやすくなるだろう。綿密なシミュレーションと周到な準備が必要になるから自由時間が増えるのは嬉しい。
今のところ僕の目的について気づいている人間はいない。なにかと絡んでくるアイツでさえ気づいていないのだ。僕はこの夏休みでついに悲願を遂げるだろう。そのためには今しばらく慎重に動く必要がある。
朝凪かえでが2年教室にやってきたのは終業式が終わった直後のことだった。
「ふ~ゆ~き~くんっ。一緒にか~えろっ」
「え、なに? 朝凪さん? 僕の名前は健太郎なんだけど?」
「誰それ? 私は君に用があるんだよ。柊
そう、アイツがいる教室で言い放つのだからたいへん困った。
他人の黒い過去が大好きなアイツに目をつけられては厄介だ。僕はすぐさま立ち上がって朝凪を連れ出した。「だ、誰かと勘違いしているみたいだね! ふゆき君とやらはきっと違う学年だよ。朝凪さんの方向音痴も困ったものだなぁ! 僕が案内してあげるからこっちに来て!」
「あわわ~~、助けて~~~」
朝凪は僕の過去について知っている。たぶん、妹の瑠花以上に詳しいだろう。
彼女を連れて学校を出ると、案の定、黒い服を着た男の人がワゴン車のそばで待機していた。
「
「抜けてきた。だって、お仕事の事で大切な話があるのでしょう?」
「ええ。今後の活動に関わる大切なお話です」
朝凪かえでもとい黒沢未亜は今売り出し中のスーパーアイドル『ミアちゃん』として活動していた。
「で、こっちが前に話してた幼馴染。柊冬樹くん。彼は絶対に間違いを犯さないし信頼できるから」
「そうですか。未亜さんが受け入れるのなら私としては従うだけですが、本当に良いのですか?」
「うん。いいよ。それしかないって言うなら、私は心を決める」
未亜はそう言ってシートにどかっと座り込んだ。硬そうなシートがぎしっと音を立てた。
いきなりどういうことなのか? 疑問に思う人はたくさんいると思う。
まず、柊冬樹というのは僕の本名だ。この学校では笠倉健太郎を名乗っていたが、偽の名前で素性を隠す必要があった。柊は父方の姓である。柊くん(瑠花の義兄の方)の母が再婚した際に苗字を変えたのだろう。だからこんな紛らわしい事になった。
黒沢未亜は僕の幼稚園からの腐れ縁だ。なぜ朝凪かえでという名前を名乗っているのかというと、今度の映画の役で吹奏楽部の副部長を演じるから役作りも兼ねてキャラクターの名前で転校する事にしたのだという。もっとも彼女の芸能事務所はそこそこ大きく黒い事もしているらしいけれど、それでも偽の戸籍を用意するのは大変だったと思う。
僕と未亜は腐れ縁だ。僕が柊家に捨てられて一人で暮らすようになってからもたまに連絡はとっていた。だから同じ高校を選んだのだろう。
僕がなぜ偽名を名乗っているのかとか、計画とはなんなのかとか、そういった事はおいおい語る事にして、ひとまずは僕と未亜が付き合う事になった経緯に戻ろう。
僕達は彼女の事務所に連れられると、いきなり家の鍵を渡された。
都内にある大きなビルの地下にその部屋はあった。綺麗な作りのエントランスではなく、小汚い裏路地から関係者入り口を使って僕達は地下にある部屋に連れてこられた。何かの会議に使う部屋だろうか。ホワイトボードが一つと長机とパイプ椅子がある他は何もない無機質な部屋だった。
「これが君たちがこれから住む家の鍵だ。場所は――――」
「ちょ、ちょっと待てよ! 家の鍵ってなんだよ! 同棲までするなんて聞いていないぞ! たしかに未亜の話は車の中で聞いたよ。でも、そこまで承諾したつもりはない!」
僕は立ち上がって抗議したが無駄だった。初めから全部決まっていた事だった。黒沢未亜の所属する芸能事務所はそこそこ大きい。きっと警察とか政界にもコネがあるのだろう。元芸能人の政治家とか、そういう人っているだろう?
黒服の男がサングラスの奥の目を光らせてこう言った。
「しかし、君にはミアと付き合って『炎上』してもらわなければ困るんだ。君は親戚の叔父さんを殺害しているね? それとも、一人で燃えるかい?」
「………………ッ」
そういうわけで、僕と黒沢未亜は『炎上工作』のために付き合う事になったのだ。
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