第39話
さて、真夏に男四人、女の子一人ですし詰めになって、夏休みデビューを目指した議論が交わされている。
正直意味が分からない。この状況もだし、議論の内容もだ。
「やはり、デビューというくらいだから陽キャになるべきではないか?」と小野田くんが言った。
「でもそれじゃあ金曜倶楽部のアイデンティティがなくなっちゃうよ」
「ならば君は一生陰の道を歩き続けるつもりか? 僕はごめんだね」
「じゃあ、小野田くんは破門という事になるけれど……」
「じゃあ、やめた」
柊くんは扇子をパタパタやりながら「君たちは阿呆だな。陽キャのフリしたって陰キャは変わらないぞ」とぼんやり言う。
「でもそれじゃあ、僕達があまりにも可哀相じゃないか」
「そうだよ。陰キャに恋はできないのかい?」
「できないと思っているからできないんだ。見たまえ。笠倉くんは陰キャの代表格と言うべき根暗だが、ああして瑠花を手懐けているじゃないか」
「お兄ちゃん……そんな言い方する?」と、瑠花は嫌そうに言った。嫌なら離れればいいと思うのだけど、動こうとする気配は無い。
もう午後の3時である。夏休みに入って一週間が経つと言うのに、こうも無為に時間が過ぎていくのは、いかにも人生を浪費している感がある。
僕は早く帰りたいと思っていた。
「あのさぁ、いいかい? 僕は普通に話しているだけだよ。仲良くなろうとか、よしんば彼女に、なんて余計なことは一切考えない。邪念を捨てるんだよ、君たち」
「そうそう。女の子ってそういうのはすぐに分かるんだよ? だから笠倉先輩みたいな人の方が話しやすいし、付き合ってもいいなってなるの。私も実際、付き合うなら笠倉先輩を選ぶかな」
瑠花がとんでもない事を言った。いろんな意味でとんでもない事だけれど、一番ひどい反応を示したのは山田くんだった。
「嘘だろ!? おい! いつの間にそんなに仲良くなったんだ!?」
彼らにとって瑠花は心の拠り所のような存在だったらしい。小野田くんと山田くんが二人そろって「盗られた!」と騒ぐから呆れたものだ。
陰キャ男子にありがちな事だけれど、いつの間にか近くにいる女子と恋仲にあるように錯覚し、現実を突きつけられたときに彼らは発狂するのである。だからモテないんだぞと言ってやりたい。
「そもそも君たちのものでもないがな……」
柊くんも呆れ顔だった。
この不毛な議論はいつまで続くのだろう? こんな事ならサッサと帰って夕食の準備に取り掛かりたいのだけど。彼らはなかなか結論を出そうとしなかった。
しばらく続くようならいっそ帰ると言ってみようか?
そう思って議論を聞いていると、ふいにラインがメッセージを受信した。見れば、朝凪かえでからであった。
『駅前。迎えに来て』
それだけだったが、迎えに来いと言われたなら行かなければならない。
「失礼、君たち。悪いけれど用事が出来た」
「用事? いったいどうしたの?」
「とても大切な用事なんだよ。行かなければ僕の首が飛ぶ」
「それは大変だ……」山田くんが蒼ざめた。
夏休みになってすぐに僕の生活は変わった。あの計画はいつか実行するとしても、これはこれで大切な用事だ。
「恋人が呼んでるんでね。失礼するよ」
僕はそう言って柊くん宅を後にした。
山田くんと小野田くんはひどく混乱しているだろうと思った。
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