第21話


 それから、小宮さんが笠倉くんに話しかけることは減った。いや、いつも通りに戻ったと言うべきか。私と一緒に居る事も減って、新しい友達が数人出来たようである。でも私ともちゃんと話してくれるし、笠倉くんにはときどき意味深な笑みを送る。


 これで良いのだ。


 何事にも『作用』というものがある。


『作用』とは物事をあるべき所に戻したり、あるいは人が進むべき道を進むように働く力の事。ある人は運命だとか言ったりするけれど、私の考える『作用』は運命とはちょっと違う。すなわち、『作用』とは物事が自然に運ぶように働く力の事。


 小宮さんは友達とバカ騒ぎしたり学校帰りにマックシェイクを飲んだりする。


 笠倉くんは不愛想で頬杖をついて本を読む。


 それがもっとも自然な形。戻るべき日常の姿。


「小宮。最近少し変わったよね」


 笠倉くんが本から顔を上げて言った。


 放課後の図書室は静かだった。利用する生徒はほとんどいない。司書がカウンターで漫画を読んでいる。図書委員らしい男女が図書だよりを作るために新刊を読み漁っている。あとは帰宅部の生徒が課題を終わらせるために残っているくらいだろうか。


 私は小説のページをめくりながら答えた。「そうですね」


「なんていうか、何かから解放された感じがするよ。運命なんて言葉はあまり好きじゃないけどさ。でも、肩の荷が降りたっていうか、自由、って感じがするね」


「そうなるところに戻った。って感じですね。たしかにいまの小宮さんは伸び伸びとしていて宝石みたいに輝いた表情を見せるときがあります。あなたが人を褒めるなんて意外ですね」


「そうかな。僕は人を褒める方だと思うけれど」


「どの口が言ってるんだか」


 私は小説を閉じて立ち上がった。話がしたいと言われたから来たものの、こんな話しかしないのであれば時間の無駄だ。


「なあ、あんたはどう感じた?」


「急に何を?」


「いや別に。ただ気になっただけだよ。小宮の一件であんたが何を感じたのか。外国のお人形みたいなあんたに人の感情が理解できるどうか……ってさ」


「余計なお世話です。私は小宮さんが満足しているならそれで良いです」


「ああ、あんたには理解できないか。感情なんて複雑なものは」


「なんですか? 煽りに来ただけなんてすか? だったら帰りますよ」


「うん。さよなら」


「………さようなら」


     ☆ ☆ ☆


 正直、小宮さんの印象はあまり変わらない。私が高校生活を過不足無く送るための『お友達』。それ以上でもそれ以下でもない。


 彼女から学ぶことなんて無いし、それ以上の仲になるつもりもない。


 ……けれども、あのとき見た小宮さんの姿は……、笠倉くんに本気の想いをぶつけたときの小宮さんは、美しいと思った。色気なんてまったくないのに目が奪われたあの艶やかさと純情は私でもビックリするほど綺麗だと感じた。


 でも、それだけだ。テクニックも色気も私は学んでいる。やろうと思えば大人の男だってトリコにできるのだ。


 私が学ぶべき事なんて何もない。


     ☆ ☆ ☆


 そして私の日常はと言えば、いつもの恋愛相談に戻っていく。


 この日は茶髪のボブカットの子が黒いロングの子を連れて来た。相談があるのは黒いロングの子らしいが、積極的に喋っているのはボブカットの子の方だった。


「だからさぁ! 私はこの子に言ってるんです! 好きなら告白しろって言ってるのにぜんぜんなんにもしようとしない! どー思いますか? 先輩!」


「だ、だってぇ……恥ずかしいよ」


「そんなこと言ってるうちに龍くんがとられてもいいの?」


「やだやだやだ! そんなのやだ!」


 私の日常は相談に乗って信頼を得る事。そうして、良い大学に入って就職して人生を成功させる事。


 恋愛相談は人の信頼を得る訓練としてやっているに過ぎない。でも、今回のはちょっと、私だけでは手に余るかもしれない。


「あっ! 良い事思いついた!」


 ボブカットの子がパンと柏手を打ってこんな事を言った。そのせいで、私と笠倉くんはやっかいな事に巻き込まれるハメになったのだが、このとき、どうして私は適当に流さなかったのかと今でも悔やまれる。


「桃園先輩ってちょ~美人じゃないですかぁ。だから、きっと優しい人とかかっこいい人がたくさん先輩の周りにいると思うんです。その人にゆみの練習相手になってもらうっていうのはどうですか?」


 そうして彼女はこんな名前を口にした。


「例えば笠倉先輩……とか」

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