第20話
部屋を訪れたのは小宮さんとよく話す運動部の奴らだった。名前を覚える価値も無いので身体的特徴で区別するが、三人いて、左からのっぽ、ニキビ、ホクロだ。
ニキビが近づいてきて「おい、お前、捨てられたんだろ?」とイヤらしい手で小宮さんの腕を掴む。本当に汚い。何を触っているかも分からない手を伸ばしてくるな。
「だったらよ、俺たちとヤろうぜ」
「いいね」
「恋愛マスターさんもいるし、俺たちのテクを評価してもらうってのは?」
「賛成!」
彼らはそう言って私達を取り囲んだ。
私のカバンの中にはスタンガンがある。これでもお金持ちのお嬢様なので一人暮らしには気をつけている。外出するときにこのスタンガンを手放したことはない。日本の法律では認められてないくらい強いヤツだけど、こんな奴らに遠慮する必要は無いと思う。私たちが抵抗しないと思っているから彼らはつけあがるのだ。そこを叩いてへし折ってやれば、犬でも覚える。
でも、それをとるには、カバンの位置が遠すぎる。
「へ、お嬢様も男三人には勝てないだろうよ」
「いや! 放してよ!」と小宮さんが鋭く叫ぶ。
「小宮だって本当は寂しいんだろ? 他人の男に手を出すくらいだもんな」
「そ、そんなこと無い!」
私がカバンをとる手立てを考えている間にも彼らの手は伸びてくる。最悪の場合、身体に触らせてでもカバンをとるしかないか?
そう考えていた時だった。
「ぐぇっ!」
突然のっぽが仰向けに倒れたではないか。続いてホクロが宙を舞った。
何が起こったのか分からないけれど、うろたえたニキビが数歩後ずさった。そのおかげでカバンをとる事が出来た。
「ぎゃあああああああ!」
「あなた方の事を評価するなら……猿山の猿、ですかね。まずは人間並みの知能を手に入れてから来てください」
私は崩れ落ちるニキビに向かって声をかけた。もっとも、彼にはもう聞こえていないだろうけれど。
「気絶してるけど……それ、違法なヤツなんじゃないの?」
入口の陰に誰かがいた。ひょっこり姿を現したのは、やっぱり笠倉くんだ。「火花出てたよ?」
「もしかしたら日本の法律ではカバーしきないかもしれませんね。でも、海外では拳銃だって一般家庭にあるんですよ?」
「その強さは海外でも違法だと思うけどなぁ。軍用とか、そういうのじゃないの?」
「ご自身で試されますか?」
「遠慮するよ……」
笠倉くんはそう言うとのっぽを掴んで部屋の外にズルズル引きずり出した。
これらをどうにかしないと小宮さんに迷惑がかかってしまうので、私も手伝って気絶した男たちを家の外へと連れて行く。でも、気絶した人間は本当に重い。
「おや、意外と力が無いんだ」
「バカにしないでください! 私だって、精一杯……!」
「その階段から突き落とすと楽だよ。勝手に転がるから」
「そ、そんな乱暴なことするわけないでしょう!?」
「……足を引っ張るせいで階段に頭をぶつけてるけど。それは乱暴じゃないってこと?」
「うるさいですよ! 女の子なんだから……無理なものは無理です」
そんなこんなでどうにか男たちを家の外に出した。
「あーあ、かわいそう。頭ボコボコぶつけてるよ。きっと明日の朝にはタンコブだらけだな………だけどさ、女の子の家に不法侵入しなければこんな事にはならなかったんだ。恨むなら自分の迂闊さを恨むんだね。ごしゅーしょーさま」
☆ ☆ ☆
部屋に戻ったけど、小宮さんはいまだに何が起こったのか理解できていないようだ。ぱちくりと目を瞬かせて笠倉くんを凝視していた。
「助けて……くれたの?」
「まあ、そういうことになったね。僕はこれを届けに来ただけなのだけど」
そう言って取り出したのは花柄のお弁当箱だった。
「これ、返すの忘れてたから。ほんとそれだけなんだ」
嘘をつくならもう少しまともな嘘をつけばいいと思う。笠倉くんが借りた物を返し忘れるとは思えないし、もし忘れていたとしても後日返せばいいはずだ。いま返しに来る必要なんてまるで無い。あの運動部グループが見えたから戻ってきたのだろう。心配したなら素直にそう言えばいいのに、変にロマンチストなのだから困る。
しかし小宮さんは信じてしまったらしい。
「あ、ありがとう……」
「じゃ、本当に帰るね」
「え!? ま、待って!」
小宮さんがバッと飛び出して笠倉くんに抱き着いた。彼女にもロマンチストな所があるらしい。顔と顔を近づけて、笠倉くんが驚いたように目を見開く。私の位置からでは良く見えなかったけれど、たぶんキスをしたのだろう。
「これは、お別れのキス。いまのあたしじゃダメなら、もっと成長する。今はいったん諦める。でも、あたしは綺麗になるし、もっと可愛くなる。笠倉なんて一瞬でメロメロにできるくらいにね! でも、告白されたらソイツと付き合うよ。あたしは可愛いんだから引く手あまただもん!」
「そういう事なら、大人しく受け取っておくよ」
「うん。後になって後悔しても遅いんだからね!」
そう言って小宮さんはパタパタと駆けて行った。「警察に言わなきゃ!」ということなので電話をかけに行ったのだろう。
涙を流していたように見えたが、前までの暗い感じは受けなかった。
私は笠倉くんに声をかけた。
「逃した魚は大きいかもしれませんよ?」
「そうかもね、でも」
と、笠倉くんは小宮さんがいなくなった方を見て、笑っていた。
「小宮は自由に泳ぎ回っているのが、一番美しいよ」
「たしかに。そうかもしれませんね」
「あれだけデカい魚を釣れるヤツがいるんだろうか?」
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