第23話


「いま、暇ですよね?」


「まあ、ずっと見てれば容易に分かることか。暇だよ。見ての通り」


「じゃあちょっと来てくれませんか? 人がいない方が都合が良いのですけれど」


「いいよ」


 私が誘うと笠倉は素直に立ち上がった。ところが、それを小野田と山田の二人が止めたではないか。


「ちょいちょいちょいちょい! おい、笠倉くん!」


「ん、なに?」


「なに、じゃないよ! なんであっさり付いて行こうとするのさ。金曜倶楽部の誓いはどうした!」


「誓い? そんなの知らないよ。今日初めて参加したんだもの」


 驚いた。この四人はいつも一緒にいるイメージがあったけれど笠倉くんは違うのか。


「金曜倶楽部鉄のおきて其の一。女性とは付き合うべからず。破った者は即刻破門!」


「即刻破門!」


「なんだか無茶苦茶だなぁ……」


 握りこぶしを高々と掲げて金曜倶楽部の面々が騒ぎ立てる。騒ぎ立てるといっても山田と小野田だけなのだから貧弱な糾弾ではあったけれど。


「ねえ、金曜倶楽部ってなに?」


 私がそう訊ねると、柊が頭を掻きながら「それは言えないな」と答えた。「金曜倶楽部は我々陰キャだけの秘密だよ」


「ふぅん……。教えてくれないんですね」


「まぁ、知りたそうに見えないからね」


 それはそうだ。金曜倶楽部に興味があるわけではない。


「私は笠倉くんに用があって来ただけですから」


「付き合いたいんだっけか」と柊。


「そう」


「そうか。俺は構わないよ。そもそも口を出す権利はないし」


「柊くん!?」


「金曜倶楽部部長として喜んで送りだそう。諸君も異議は――」


 柊が二人を振り返った瞬間、避難ひなん囂々ごうごうが巻き起こった。彼は「異議はないね?」と問おうとしたのだろう。鉄の掟とやらを破りかねない笠倉くんに対して余裕を見せる所はさすが部長だと思うけれど、他二人は非モテ陰キャらしい焦りっぷりで「ダメだよ!」「ダメダメ! そんなの許さない!」と椅子から立ち上がって抗議しだしたではないか。


「余裕のない男はモテませんよ」と言ってみたけれど山田と小野田の耳には届かなかった。


「笠倉くんだけ抜け駆けなんて許せない!」


「恋なんてまったく興味無いみたいな顔してさ!」


「そもそも桃園さんの恋人の定義ってなんなのさ!」


 まったく面倒な人たちだ。


 どうして理由が無いと納得しないのだろうかと不思議に思うけれど、理由や根拠が無いと決められないから陰キャなのかもしれない。そのくせ「私がなぜ笠倉くんを選んだのか話したら納得してくれますか?」と訊ねると、怖じ気づいて、聞こうとしないのだから困ったものだ。


「もう、どうしたら納得してくれるのよ」


 いつまでももじもじしている二人に業を煮やしていると、突然、笠倉くんが話しかけてきた。いつの間にか椅子に座って小説を読んでいた。矢面に立っているという自覚がないのだろうか? コイツもよく分からない。


「そもそも聞きたいんだけど、桃園さんは本当に僕と付き合いたいの?」


「へ?」


「恋愛マスターなんて呼ばれているわりには雑な告白だったから気になったんだけどさ。これ、彼氏役として付き合えとか、そういう事ではないの?」


「そんなに雑でした?」


「誰でもいいやって感じに見えたけどね」


 ふん、余計なお世話だ。


「……そうですね。実は恋愛相談で彼氏役が必要になったんです。誰を連れて行ってもよかったんですけど、なんとなく目についた笠倉くんにお願いしようと思いまして」


「ほらやっぱり」


 笠倉は小説を閉じて立ち上がった。「適当なら長続きもしないだろうし、彼氏役というならそもそも付き合う事もないだろ。桃園さんくらいになると、本当の彼氏を連れていくわけにもいかないだろうし。諸君らもそれで納得してくれるかな」


「……まぁ付き合わないというなら掟には抵触しないわけだし」


「でも彼氏役ではあるわけだから、その間だけ破門という事にしよう」


「1時間くらい?」


「後でファミレスおごってもらおうか」


「それいいね」


 笠倉くんの言葉を信じたのだろう。山田と小野田はうんうんと頷き合っている。あれだけ文句を言ってきたのに彼氏役だと分かったとたんコレとは。人が良いのか馬鹿なのか。それとも、一言で場の空気を掌握した笠倉くんが恐ろしいのか。いずれにしても、この中で利用価値があるのは笠倉くんだけという事が分かった。


「それでは諸君。サイゼリヤで会おう」


 柊はリーダー的立場のはずなのにサッサと帰ってしまうし、山田と小野田も慌てて付いて行った。相変わらずわけのわからない連中だ。


「金曜倶楽部って……なに?」


「暇人の集まりだよ」


「ぜんっぜん分かんないんですけど……」


「それは僕も分かってないから安心して」


 安心しろと言われたって、わけのわからないものに囲まれて心を落ち着けられるわけがない。なぜ笠倉くんが化け物の巣窟に平然と馴染んでいるのかが、私には分からなかった。


「それで、あなたはまた本を読んでるし……」


「なに? あんたの失言をフォローしてあげたでしょ。一言くらいお礼があってもいいんじゃないですかね。文句ばかり言ってないで」


 笠倉くんがフンと鼻を鳴らした。いつもいつも不愛想なヤツだ。さっきまではまだとっつきやすさもあったけれど、こうして二人っきりになって、本性を隠す気も無くなったのだろう。声音がつっけんどんになるし、視線から敵意が漏れているし、扱いにくい事この上ない。


「またそういう……はぁ、別にフォローなんて要らなかったんですけど?」


「でも、付き合ってという口実はかなり無理やりだったんじゃないかな? 恋愛に興味が無い事がバレバレだったし、もう少し自分の立ち位置を理解した方がいいと思いますよ。僕は」


「余計なお世話です。私はそんなヘマをしませんから」


「恋愛マスターの言葉とは思えませんね。桃園花凜さん」


 呼ばれたくないあだ名で呼ばれたせいで、私はつい荒っぽい返事をしてしまった。「何でも良いでしょ。別に」


「あ、そうか。そもそも桃園華恋でもないのか」


 私は何も答えず、睨み返した。


 笠倉くんはため息をついて話を戻した。「……そもそも、僕には付き合っている人がいるんですけど。なんで話がこじれるような事を言うかな?」


「ああ、そうでした。優美ゆみさんとの交際は、その後順調ですか?」


 笠倉くんにはお付き合いしている女性がいる。それは先日相談してきた長い黒髪の女の子。中井優美さん。一緒に相談してきた茶色のボブカットの大間さんが「男に慣れた方が良い」とうるさいので、連れて行ったのだ。


「まあ、順調と言えば順調だけど一つ問題が……」と笠倉くんは言葉を切って教室前方の入口に向かって手を振った。そこには中井優美さんがいて、おそるおそる手を振り返す。


「あのとおり、あんまり信用されてないみたいでさ」


「なにやら怒っているようにも、ショックを受けているようにも見えますね」


「あんたが付き合ってくれなんて言うから勘違いしたんでしょ。マジ迷惑」


「彼氏が浮気しそうになった時にすぐ立ち直れるようにする練習ですよ。あなたとのお付き合いも全部練習。そうでしょう?」


「まあそうなんだけどさ……。明日の10時からデートする事になってる。もう一人の子にも伝えておいてよ」


 そう言って笠倉くんは優美さんを連れて帰っていった。優美さんは私の方を向いて慌てたようなお辞儀をしたあとパタパタと笠倉くんの後を付いて行く。


「あんな調子で大丈夫でしょうか?」

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