第24話
笠倉くんにお願いしたことは三つある。
一つは優美さんの話し相手になること。
一つは優美さんとデートをしてあげること。
一つは優美さんに惚れないこと。
以上の三つである。
優美さんには初恋の人がいる。彼女の相談は完璧な告白をすること。募らせた想いに押しつぶされそうになりながらする告白ではなく、男に慣れた
遠山龍一くんに嘘偽りない気持ちを百パーセント混じりっけなく伝えたいというのが彼女の願いだ。
デートはベッドタウンのショッピングモールで行う事に決めた。都市部だと人通りが多いしたくさんの店が無秩序に並んでいる。優美さんがエスコートをするのだから分かりやすいところから始めるのが良い。付き合った経験が無い者がいきなりオシャレなデートにしようとして。あるいは、練りに練った特別なデートコースを用意したとして、次はどうする? 必ずどこかで失敗するのだ。
たった一回だけの特別なデートなら構わないけれど、将来を見据えている相手ならなおさら当たり前の場所にすべきだと私は考える。ハードルを上げ続ける交際よりもハードルを共に乗り越える交際をするべきだ。
ショッピングモールのフードコートの、笠倉くんたちから少し離れた席に私は座った。
「大間さんは部活で来れないという事でしたが……あんなに面白い笠倉くんを見逃したのはかわいそうですね。年下の女の子に振り回される笠倉くんなんて、次いつ見れるかわからないのに」
私はポテトをつまんで口に入れた。美味しい。ジャガイモがこんなふうにサクサクするなんて、魔法だろうか? フードコートという施設を利用するのは初めてだけれど、こんなに美味しいものをみんなは食べていたのか。
「あの、ごめんなさい……」と優美さんの声が聞こえた。
「いや、平気だよ……あまり気にしないで」
「でも、私が振り回したから、せっかく付き合っていただいてるのに……」
「デートプランを考えてきたのは非情に良かったよ。でも、途中で変更に次ぐ変更を加えるのは、いただけないかな……」
「ですよね……」
チラッと視線を送ると、笠倉くんはぐったりしていた。昼食を食べる手つきもどことなく疲れているように見える。先輩としての意地なのか笑顔を浮かべているけれど、優美さんに振り回されて憔悴しているのはあきらかだ。
「ふふふ。いつも私につっかかるからこうなるんですよ。いい気味。いつもあれくらい大人しければ可愛いのに。……でも、だからといって優美さんのお相手はキチンとしてもらわないと困りますからね」
デートプランはこうだった。モールに着いたらまず書店に行き店内をぶらつく。そのあとで服屋や小物店を見て回り、笠倉くんをコーディネートする。食事をとった後は映画館でラブロマンス映画を見て解散。とてもシンプルだ。どうすれば笠倉くんが消耗するのか考えられないくらいだけど、実際はこうだ。
モールに着いて書店を訪れる。そのとたん優美さんが漫画コーナーに足を運んで少年漫画講座が始まった。本来のプランならここでお互いの本の趣味を語りながらオシャレな洋書を見て回り、意中の相手の印象を良くする算段であった。でも、笠倉くんが漫画を読んだことが無いと言ってしまった事で優美さんのスイッチが入ってしまったらしい。1時間。笠倉くんは既に疲労を見せ始めていた。
次に訪れたのが服屋や小物店。優美さんは書店での失敗を挽回しようと焦っていたのか、あちらこちらへと笠倉くんを連れまわした。あの服がオシャレだ。この小物が合いそうだ。そう言って複数の店を飛び回って、結局何も買わなかった。笠倉くんは飼い主に振り回されるペットのようだった。
優美さんは大人しそうに見えて機関車のようにパワフルだった。あの小さな身体のどこにエネルギーをため込んでいるのだろうかと私は疑問に思ったが、恋は盲目という言葉もある通り、龍一くんを楽しませてあげたいという思いは誰にも止められないのかもしれない。
「そうだな……好きな人がいるなら、まず、彼の事をおもんぱかってやるといいかもしれないね」
笠倉くんはそう言ってデートを締めくくった。
優美さんは何度も頭を下げて謝り、次は絶対楽しいデートにすると約束して二人は別れた。反省点は分かったみたいだし、笠倉くんも余計な口出しはせずに優美さんに付き合っていたみたいだから、私から言う事は何もない。
夕方。ベッドタウンの中にある大きな公園は飴玉みたいな輝きに包まれていた。
「……それで、今日の余韻は冷めましたか?」
私はベンチに座り込む笠倉くんを見下ろして言った。「ずいぶんとはしゃいでいたようですけれど」
「はしゃいだというか振り回されたというか……とにかくすごかったよ、中井さんは」
「どんな会話をしたんですか? お願いしておいてあれですけど、正直、あなたたちに共通の話題があるとは思えないのですが」
「まあ、言葉はあったよ。中井さんがずっと喋り続けるんだ。書店では漫画の話。服屋ではファッションの話。僕が一言放れば十の言葉が返ってくるんだよ。例えるなら……そう、壁打ちみたいな感じ?」
「ああ、それは大変でしたね……でも、感触は悪くなかったんですよね?」
「うん、まあ、そうだね」
笠倉くんは顔をあげた。
「練習だからなのか、中井さんは相手の名前をあげなかったよ。龍くんだっけ? もっとのろけ話が出てくるもんかと思ってたけど違った。僕の事は僕の事として楽しませようとしてくれてたよ。正直感心したね」
「まあ、そうなんですか? 練習は練習として真面目に取り組もうということなんでしょうか。良い心がけですね」
「ミスもあったけれど、恋の駆け引きには失敗も手札のうちだ。これを中井さんがどう使うかで変わってくるんじゃないかな」
「ずいぶん小慣れた事を言うんですね。まるで付き合った経験が豊富みたい」
「……………」
笠倉くんは鼻で笑うとベンチから立ち上がった。
「経験はあるよ。まあ、あんたに聞かせるような事じゃないけど」
「へえ、そう言われると気になるものですけれど」
「気持ちの良い話じゃないからね。初心な少女にはまだ早いよ」
「初心な少女……? 優美さんならとっくに帰りましたけれど、誰の事を言っているんでしょうか?」
「さぁ、誰の事だろうね?」
私が顔をしかめると、また笠倉くんは笑って手招きした。「少しだけ付き合ってくれないかな。コーヒー専門の良い店があるんだ」
「……いまから、ですか?」
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