第37話
四畳半の狭い部屋に男たちがすし詰めになっている。汗で光る額を突き合わせて扇風機がかき回す生ぬるい風を我慢比べのようにジッと耐えているのだからどうしようもない。それだけでも地獄であるのに、事もあろうに夏休みに好き好んですし詰めになっているのだからもはや阿呆と呼んで差し支えないであろう。
「いいかお前ら、これが最後の問題だ」
緊張の面持ちで口を開いたのはこの四畳半のヌシだ。その緊張は彼の正面に座している二人にも
彼の手には1枚の写真が握られている。彼はじっとりと汗ばむ手で額を拭うと二人を順番に見比べて「覚悟は良いか」と訊いた。
「もちろん」
「早く答えさせろ」
「そうか。泣いても笑ってもこれが最後の問題だ。至高嗜好の栄誉は聖なるむっつりスケベに輝く」
何を馬鹿な事をやっているんだろうと思う。金曜倶楽部という、非モテの男子学生が集まって男を磨くための倶楽部がある。その名の通り金曜の放課後になるとひっそりと開催され、どうすれば彼女ができるのか、彼女とはそもそも何なのか、恋とは何かについて議論を交わし、モテる男を目指すための集まりが金曜倶楽部である。このドブネズミの群れのような倶楽部の名前は金星を意味するヴィーナスからとったそうだ。
部長であり四畳半のヌシでもある柊くんは一呼吸間を置くと、「問題」と言った。
「この写真は岡崎さんがひた隠しにしている、ある秘密を激写したものである。その秘密とは……」
「はい!」と山田くんが手を挙げた。「恥ずかしい場所にホクロがある!」
「……ですが、そのホクロの場所はどこでしょう」
「おい、引っ掛け問題とは卑怯じゃないか!」
山田くんが床を叩いて抗議するが、柊くんはどこ吹く風といった様子だ。
「引っかかる方が悪いんだろ。さあ、ホクロの場所はどこか分かるか? 君はいささか栄養を腹に溜めすぎているせいで脳にエネルギーが供給されていないようだが」
「ぐぬぬ……」
「はい!」と、今度は小野田くんが手を挙げた。「胸元だ!」
「その理由は?」
「写真にホクロが写っているということはすなわち、岡崎さんの
「不正解だバカめ。山田がデブなら君は変態か? まさかその眼鏡は
「そんなことは! ……なくも、なくも、ない」
柊くんが呆れたように一蹴すると小野田くんはうらなりのように青白くなった。
全国の高校生たちは夏休みを部活に恋路に満喫しているというのに、いったい何をやっているのだろうかと情けなくなる。柊くんに誘われたから来てみたものの、こんなことをしているなら一人で孤独に過ごした方がまだ有意義だ。
「君たちがそうしてむっつりしている間に、世間の陽キャたちは麗しの乙女とねんごろになっているのだぞ。よもや君たちがモテないのは金曜倶楽部のせいではないのだろうか?」
僕が耐えかねて口を開くと、デブとバカにされた山田くんがムッとしたように振り向いた。
「おい、僕たちをバカにするのは構わないけれど金曜倶楽部をバカにするのは許さないぞ。金曜倶楽部とは恋とニキビに悩む子羊たちを救わんとする高尚で神聖なる倶楽部なのだ」
「そうだそうだ。君は新参者のくせして否定的な意見ばかりを言う。少しは僕たちを見習って真面目に生きようとは思わないのか。さしあたってはその涼しそうな窓辺から離れるとかさ」
「エアコンをつければよさそうなものだけど……」
僕の目には新調したばかりらしいピカピカのエアコンが見えている。「なぜ使おうとしないんだい?」
「心頭滅却すれば火もまた涼し。これは柊くんからの試練なのだよ」
「それ焼死した坊さんの言葉だっけ? 努力しても無理なものは無理という意味で言ったなら、素晴らしいシニシズムだね」
「まあ落ち着きたまえよ君たち。笠倉くんも彼なりの非モテ道を探求しているのだ。否定しちゃあいけない」
「柊くんが言うなら……」
驚くことに山田くんと小野田くんは柊くんに頭が上がらないのだった。三人は中学校からの友人らしい。高校に入って柊くんと知り合った僕にはよく分からないが、柊くんは師匠のように崇められている。
「なんでもいいけどさ、今日は夏休みデビューを果たすための作戦を練るんだろう? 意味の分からないクイズを出したって時間が溶けるだけだよ」と、僕は話を戻した。
「
「それはその通りだ。岡崎さんのホクロよりも大切な事が僕達にはある」
「岡崎さんのホクロも気になるところだけどね」
そこへコンコンとノックの音がした。「お兄ちゃん、ジュース持ってきたよ」
「来た! 我らが麗しの乙女!」
山田くんと小野田くんが揃って喜ぶのを見て、先は長そうだなと思った。
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