第10話
月曜日になると、私はさっそく笠倉くんに声をかけた。理由はなんでもいいけど、ちょうど地理の小山田からお使いを頼まれていたので、荷物運びを手伝ってほしいと言って社会科準備室へと呼び出すことにした。
目的はもちろん小宮さんとの交際を迫るためである。
社会科準備室は遠い。私たちの高校は三階建て。L字型の本校舎と『!』のような形をした特別棟に分かれている。ちなみに下の丸の部分は音楽棟だ。私たちが目指す社会科準備室は特別棟にある。一度外を経由する必要があって非常に面倒くさい。連絡通路などが繋がっていればいいのだけれど、予算が無かったのだろう。
「何で僕が手伝わなければ……ていうか、こんなことを生徒に頼むなよ。どうなってんだ小山田」
笠倉くんは終始面倒くさそうだった。気持ちは分かる。私も面倒臭い。しかし私は完璧清楚なお嬢様なのでここはグッとこらえなければならない。
「私くらいになると頼まれてしまうんですよ。ほら、いいから手伝ってください」
「ちぇ、なんだって僕が……」
「あなたなら頼みやすいからですよ。席が近いからよく話すし、意外と頼りになる事も知っているんですよ?」
「都合の良い事を言う……こき使っても心が痛まないの間違いでしょ?」
「まぁ、あなたなら何を言っても傷つかないでしょうから」
「はいはい……」
社会科準備室はガラクタの山であった。生徒に授業の準備を頼むくらいズボラだからとうぜん片付けもできないのだろう。地球儀地図模型資料パソコンたこ足配線謎の部族のお面などなど。足の踏み場もないほどに物が散らばった部屋の中を飛び石をつたうように歩く。大股で歩くなんて、はしたないのだけれど、すべて片付ける方が大変だ。恥ずかしさをこらえながら私は歩いた。
「ん、もう……こんなに汚い部屋でよく過ごせますね。私だったら耐えられません」
「これもうゴミ屋敷だろ……必要な物ってなんだっけ。地図と模型と、後はプリント?」
「ええ、プリントと地図はそこの机に。模型は……ガラクタのどこかにあると思います」
私は机の上を指さした。ちょうど近くにいた笠倉くんが回収して両手に抱えた。「あとは模型なんだけど……」
「地球の断面図の模型ですよ。分かりますか?」
「ちきゅうのだんめんず……?」
笠倉くんはそう言って辺りを見回していたけれど、ふいに私の方を見てピタッと止まった。
「どうかしたんです? 私の顔に何かついてますか?」
私が訊ねると笠倉くんは「あー」と唸ってから妙な事を言った。「これは非情に言いづらいことなんだけど……1歩下がれる?」
「なぜですか?」
「これは非常に言いづらいから言いたくないのだけれど、見たくて見たわけではないという事は理解しておいてほしい」
「だからなんなんですか? 私の立っている場所がまずいとでも言うんですか?」
珍しく言葉を濁す彼に少しイラついた。私が言われたくないことほどハッキリ言う人なのにどうしたことだろう。「言いたい事があるならちゃんと言ってくれないと分からないじゃないですか」
笠倉くんは心底言いづらそうに顔を背けて「じゃあ言うけど……」と頭を掻いた。「下着見えてる」
「……はぁ!?」
私は急いでスカートを抑えたが手遅れだったらしい。
「ピンク色。スカートがめくれあがってるよ」
大きな地図などを丸めて入れている箱が入口近くにあって、私は入口からほとんど歩いていないから、引っかかったままになっていたのだ。どうせ見られないから構いやしないとシルクの下着を選んだのが運の尽きだった。
「み、みみみ見ないでください! 馬鹿! 阿呆! 変態!」
とにかくこの場を切り抜けねばならぬ。一番手っ取り早い方法は笠倉の視界を奪う事だ。とにかく何でも投げつけてアイツを気絶させてしまおう。そう思って手近にあった硬いものを放り投げる。「私、こんな子供っぽい下着が好きなわけじゃありませんから!」
「いや、あんたの下着の趣味なんて興味な――――――痛いっ!」
私が放ったモノは綺麗な放物線を描いて笠倉くんの顔面に吸い込まれていった。ゴトンと粘土質の痛そうな音を立ててそれが床に落ちた。見れば、なんと探していた断面図の模型ではないか。
「あ、あれ、そこに落ちてるのって、もしかして……?」
「地球を投げるな。このバカ女……」
今にして思えばこの時の私は気が動転していた。焦って物を投げるなんてレディのする事ではない。
彼に謝ろうという気は起きないけれど、もっと身の回りに気を配っておけば防げた事故だった。
桃園花凜として、気をつけねばならないもっとも大切な事だ。
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